第九話 マガラ渓谷
結局昨日はマジックポーチを確認しないで寝てしまった。
ナナが言うには、マジックポーチは大きさが限られているし、袋の中の時間は通常よりはゆっくり進むが、止まっているわけではないから、腐ってしまうような物を入れる場合には、注意しろとの事だ。
母さんの事だから、気にしないで袋の中に入れている可能性がある。夜に荷物を盗まれた事もあるから、しっかり確認をしておく必要がある。
それにしても、マヤは本当によく寝る。
今も、ベッドを専有して寝ている。移動中にまた荷物を狙われるかもしれないし、マジックポーチを持っていたら間違いなく狙われるだろう。
上着の内側に固定しておけば外からは見えないだろうし、大丈夫かな。
手ぶらでは”何か隠し持っています”と言っているような物だからな。急遽買ってきた感じの袋とマヤには袋を一つと武器を持たせればいいかな。
さて、マジックポーチになにか適当な物がないかな。
弓と矢は簡単に見つかった。
弓は手入れされているが、それほど高価な物ではなかった。矢に関しても同じだったので、マヤが持っていくことになった。矢筒も一緒に入っていたので、これで装備は大丈夫そうだ。防具も無いか探してみたが、マジックポーチの中には、防具は無いようだ。
それにしても、マジックポーチは大量に入っているが、何が入っているのか探すのが大変だ。
一度全部出して調べるほうがいいかもしれないな。
結論から言うと、袋は見つからなかった。ナナに言って余っている袋をもらうことにしよう。
そろそろマヤを起こすか。
本当に、幸せそうに眠っているな。
「マヤ。マヤ。そろそろ起きて」
「う~ん。まだ....もうちょっと」
「ダメだよ。起きないと、いたずらするよ」
「.いいよ。リンなら、だから、もうちょっと」
「はぁマヤ起きて、朝ごはん食べられなくなるよ」
朝ごはんが効いたのか、マヤがしっかりと起きた。ナナは起きて宿の仕事をしている様子だ。
宿に移動して、ナナに昨晩の礼を言って食堂に入った。食堂はまばらに人が居て食事を取っていた、適当に空いた席に座った。すぐに、ナナが朝食を持ってきてくれた。
朝食を食べ終わり、ナナに、使い古した袋が無いか聞いてあれば貰いたい旨を伝えた。
ちょっとまってと奥に引っ込んで、暫く待っていると、大きめの袋を持ったナナが現れた。
「リン君。これ持っていって」
「ん?いいの?」
「うん。いいよ」
「ありがたく貰っていきます」
中を確認すると、日持ちしそうな食料が入っていた。
「(ねぇリン。ナナって何?アスタさんでしょ)」
「(あぁ
「(へぇ)」
「どうしたの?二人共、そんな顔近づけて、キスでも見せてくれるの?」
「「!!!」」
「あらあら。邪魔者は消えるね」
「ナナ。いろいろありがとう」
「いいのよ。サビニとニノサには世話になったからね。何か合ったら、私を頼りなさい。ニノサよりは頼りになると思うわよ」
片目をつぶって、僕たちの気分を和らげてくれる。
これから、マガラ渓谷を越える事もだけど、それ以上の昨日の襲撃が頭から離れない。
今回も荷物を狙われた。マヤも狙ってきた。荷物なんていくらでも渡してやるが、マヤを傷つけるような事があれば、許すことができなくなってしまう。
「あ!ナナ。もう少しだけ部屋使わせて」
「良いわよ。今日、マガラ渓谷を越えるのでしょ。準備はしっかりしていきなさいね」
「わかっているよ」
まだ顔が赤いマヤと一旦部屋に戻った。
部屋で、ナナから貰った袋の中で、食料をマジックポーチに移した。本当に、不思議な袋で、いくらでも入っていくようだ。
弓矢と矢筒をマヤに装備させて、自分は小袋を腰に括り付けた。マジックポーチを隠して、ナナから貰った袋を、肩からかけて待ち合わせ場所に向かった。
暫く待っていると、全員が集まったようだった。
今日も、バカ息子の話があって、新しく加わった護衛の紹介がされた。護衛は、ラーロさんの代わりに入って、同じように後方を守るとの事だ。
マガラ渓谷を超えるにあたって、護衛のリーダから注意が入った。荷物を持っていると
不満や不安に思った者が居るらしく、2・3質問が出て、リーダが答えていた。
マガラ渓谷には多くの魔物が住み着いていて、何もしないでいると、街までやってくる。
アロイは、マガラ渓谷に隣接している為に、隣接部分には強固の壁が作られている。門も頑丈に作られていて、上層に居るような魔物では、突破される事は無い。実際に、門が設置されてから、破られた事がないらしい。
護衛のリーダが、門の守衛と何か話をしている。先頭はリーダともう一人新しく加わった”ガルドバ”と、呼ばれた人が残っている。人数もそんなに多くは無い事から、最後の僕たちまで、それほどの時間が掛かりそうもなかった。リーダが僕の方を見て何か守衛に話しているようにも見えた、気のせいであって欲しい。
警戒しながら、門に近づいたときには、リーダは先頭に戻るためなのか、隊列を追い越していった。
門を通った所で、ガルドバが話しかけてきた。
「お前たちで最後だよな?荷物を預かるからな」
持っていた荷物を預けて、隊列に加わった。
暫く何もないまま渓谷を降りていく、道幅はそれほど広くは無いが、狭くもない状況が続いていた。最初の頃は、余裕を見せていた子も、段々と口数が減ってきている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ、先日も一つパシリカの為に、渓谷を越えていったからな。魔物が居ても、そいつらが始末してくれているはずだ」
ガルドバが後ろから陽気な声で話しかけてくるが、誰も返事はしない。
確かに魔物も怖いが、狭い道幅で渓谷を降りているというのはそれだけで恐怖心が出て来る。時折、聞こえてくる何かのうめき声や羽ばたきの音が、恐怖心を更に煽る事になる。
隊列が止まった。先頭の護衛が
「コボルトだ!」
先頭が、戦闘態勢に入ると同時に緊張した空気が伝わってくる。道幅が狭く、後ろからの挟撃さえ注意していれば、コボルト程度なら問題にはならないだろう。ガルドバも同じ考えのようで、リーダの声を聞いてから後方に、注意を向けている。
領主の息子....ウォルシャタが一人で突っ込んで行ったのが見えた。その後ろを、慌てて護衛のリーダが剣を握って続いた。後方に指示をだして、魔法師が援護射撃を始めていた。5匹居たコボルトも魔法を受けて谷底に落ちていった。
一匹・一匹と、数が少なくなっていく、最初に突っ込んでいったウォルシャタは、持っていた剣で、コボルトを切り刻んでいた。致命傷までは達していないようだったが、かなりの深手を追わせているようだった。護衛が他の4匹を倒してウォルシャタの所に来た時に、コボルトは不利を悟ったのか、逃走していった。
ウォルシャタが逃したコボルトを追って、脇道に入っていこうとした。リーダに止められたようだ。
脇道は、熟練の護衛でも探索するのを躊躇するような場所だ。いきなり上位種が出て来ることがあると、説明されている。
暗黙のルールとして、渓谷の桟橋を使う場合には、決められた道以外は通らない事になっている。特に、脇道には絶対に入らないように言われていた。
倒されたコボルトの処理をするために、一時休憩を取る事になった。後ろを警戒していた、ガルドバも戻ってきて隊列の最後に加わった。
「あぁぁぼっちゃんが出て、コボルトを逃がしちゃったみたいですね」
「「?」」
マヤと二人で怪訝な表情を浮かべた。それに気がついて、ガルドバが説明してくれた。
「簡単に言って、魔物を手負いで返してしまうと、上位種が出てきたり、手負いになった奴が、そのまま生き残ったりした場合に、上位種に進化したりする。だから、出てきた魔物は全滅にするか、傷を負わせないで撤退させるのがセオリーなのだけどな。坊っちゃんは、そのことを知らなかったのだろうな」
「「!?」」
「おぉ心配そうにするなよ。すぐに出て来る事はないからな。通常は、だけどな」
「でもな、坊っちゃんの相手がコボルトで良かったよ。まぁなんとかなるだろうな。コボルトの上位種なら対処は出来るからな」
そんな話をしていたら、コボルトの処理が終わったようで、先に進むことになった。
桟橋まであと少しの所まで来た。コボルトの襲撃はあったがそれ以降は順調に進んだ。桟橋は、狭く二人が並んで通るのが精一杯で、荷車も桟橋の幅に併せて作られている。
先頭は無事桟橋を渡り終わっている。護衛の一人が前方を確認する為に、隊列から離れていった。桟橋は重さも問題になりやすいために、まとまって歩くことはしないで、2-3人ずつ間隔を開けて歩いている。
ガルドバと話をしていて、少し遅れてしまった為は、マヤと最後に渡る事になった。
荷物が先に通っているので、間隔を多めに開けて歩く事になった。
「リン。大丈夫かな?」
「うん。大丈夫だろ?」
さっきから同じセリフを繰り返している。
後ろからガルドバが着ているがかなりの距離離れている。荷物もかなり先に行っていて、桟橋には自分達しか居ない状況になっているようにさえ思える。
後少しで桟橋を渡りきる。
そう思った。
『コボルトが出た。上位種も居る』
斥候に出ていた護衛が大きな声を出しながら戻ってきた。
声を聞いたウォルシャタがまた全力で突っ込んでいく。
『なんだ!こいつら!何している。俺は領主の息子だぞ。早く助けに来い』
『ガルドバ。お前も来い。後ろは気にしなくていい』
『何している。早く助けに来い』
勝手に突っ込んでいって、勝手にピンチになって、勝手にパニックになって、失笑ものの醜態をさらしている。
ふと、後ろを振り返ると、ガルトバがすごい勢いで桟橋を走って来る。マヤの手をひいて、桟橋を渡りきろうと言う位置まで急いだ。
「なんで、ここに荷物がある!?」
ガルトバが剣を抜いて迫ってくる
「(お前たち狙われているぞ)」
「「!!」」
「(でかい声で悲鳴を上げろ)」
「「!!」」
「(いいから早くやれ)」
「キャー。」
「(続けろ、いいかよく聞け。このまま居ると、いずれ殺される。右下を見ろ。)」
「!!」
桟橋でよく見えないが、右下に足場の様な場所が見える。
「(そこに飛び移れ。失敗しても、あの下に大きく付き出した場所もある。怪我はするだろうが、殺されるよりはましだろ)」
「!!」
「(覚悟を決めろ)」
ガルトバに切られそうになった。
マヤが、悲鳴を止め。見つめてきた。
それにうなずき返して、二人で桟橋を蹴って足場に向けてジャンプした。
二人乗るには狭い足場に見えたが、足場に飛び降りて、
「(マヤ悲鳴を上げて)」
すぐに、マヤが悲鳴を上げた。
ガルトバが視線を少し足場に向けて、荷物を飛び越す時に、何かを投げつけてきた。
足場は、奥に洞窟の様になっていた。落ちた事を印象づける為に、洞窟の中に足を踏み入れた。
隊列も何か、ざわざわしているのがわかる。二人が、渓谷に落ちたのだから当然の事だろう。しかし、隊列はそのまま進むようだった。
マヤと洞窟で、様子をうかがっていたが、隊列が距離を取った事もあって、落ち着いて状況を確認した。
ガルトバは、僕達を突き落とすように言われていたようだった。命を取る事はなく生き残る方法を教えてくれた、その理由が分からない。バレたら、それこそ自分の身が危ないくらいは解っていただろう。それに、この投げてきた物も不可解だ。
「ねぇリン。何かさっき受け取っていたよね?」
「あぁこれだね」
受け取った物をマヤに見せた。それは、手よりも少し大きさがある箱の様なものだ。
「開けてみていい?」
「うん」
箱を持ち上げて、ふたを開けた。
その中には、一片の布が入っていて、そこに文字が書かれていた。僕達が読めない事を想定しているのか、簡単な言葉で綴られていた。
『アロイの街に戻って、門の護衛に、この箱を見せろ。その後、三月兎亭に行け』
それだけが書かれていた。そして、簡単な地図の様な物が書かれていた。
洞窟の中の地図で洞窟を少しはいると、左右に別れる道があり、右側に行くと上り坂になって、桟橋に戻る事が出来るらしい。魔物道につながっているから、急いで行く必要はあるが、ここに居るよりはいいと思える。何か、釈然としない気持ちはあるが、ガルトバの指示に従う事にした。それしか選択肢が無いのも事実だった。
「マヤ。アロイに戻ろう」
「うん」
二人でアロイに戻って、そこからナナに今後の事を相談しよう。