第六話 暗雲
小鳥たちが、なにかを訴えている。
僕たちにだけ発生している事なのか、それとも、街全体なのかわからない。でも、僕に小鳥たちが、警戒を訴えているのは間違いない。
僕に抱きついて、だらしなく寝ているマヤを起こした。
「リン。どうしたの?」
「鳥が何か騒いでいる、何か有ったかもしれない。マヤ」
僕の真剣な声に、マヤが一気に覚醒する。
こういうときのマヤは昔から感覚が優れている。マヤの感に救われた事もあった。
小鳥たちの警戒はすでに少なくなっている。
マヤも何か有ったのだと感じて、見紛えた。携帯していた、ナイフに手を伸ばして、荷物と一緒にしていた、弓を取り出そうとした。
「リン!!」
「どうした?」
「荷物がない」
「え!?荷物?」
「弓を入れておいた物がなくなっている。一緒に手荷物もなくなっている!」
「そんな、俺の荷物も一緒に入れていたよな?」
「うん。リンの荷物も一緒にしておいたからなくなっている」
「少し周りを探してみる。マヤは、近くに無いか見てくれ」
「うん。解った」
寝床を離れて、見張りをしてくれていた女子の所に駆け寄った。二人は、お互いにもたれ掛かって寝てしまっていた。
火が不自然に消されていた。寝ている女子を少し揺すってみたが、起きる気配がない。薬か、魔法だろう。
女子からは後で話を聞くとして、他になにか無いか辺りを見回してみた。
少し離れた木の陰に、見覚えのある袋が見えた。近くまで行って確認た。マヤの荷物袋で間違いなさそうだ。弦を切られた弓と、ビリビリに破かれた手荷物用の袋がある。二人でコツコツと貯めた硬貨は、残されていた。マヤの服や、僕の服や、外装はそのまま残されていた。ただ、僕が普段持って歩いていた袋は、袋ごとなくなっていた。中には、礫しか入って居ないのに、持っていったようだ。あとは、マヤに用意を頼んだ予備のナイフもなくなっている。
どうも、狙いは、荷物自体なのか、武器を奪うことだろう。荷物袋を持って、マヤの所に戻る事にする。
マヤも寝床から出てきて、寝ていた女子を起こそうとしていた。
「マヤ。荷物袋は見つかったよ。でも、武器は抜き取られていたよ。弓は、弦を貼り直せば使えるかもしれないけど、矢が盗まれているよ」
「え!?なんで?誰が?」
「解らない。だから、起こして話を聞かないとね」
「そうだね。でも、さっきから起こそうと思っているけど、起きないんだよ」
「いつもこんな感じなのか?」
「ううん。一緒に寝たことはないけど、村の行事とかでも、遅刻をしたことがないし、寝起きが悪いなんて話も聞かないよ。二人共」
「そうか、魔法の様な物で眠らされたのかもしれないな」
「そんな!?誰が・・・」
「わからないよ。それよりも、起こさないと話も聞けないな」
「でも、どうしたら起きるんだろう?」
マヤが二人を起こそうとしていた時に、
「うぅ・・・ん」
一人の女子が目を覚ました。
「リン」「あぁ」
マヤと視線が交差した。
「あれ?マヤどうしたの?え、私寝ちゃったの?」
「ちょっと、話聞きたいけど、大丈夫?」
「うん。リン君どうしたの?怖い顔して、寝ちゃってゴメン」
「そうだけど、それはいいけど、昨日の夜何かなかったのか?」
「夜?よく覚えていないよ。リン君とマヤと交代した後で、少し二人で話をしていただけだよ」
「あっ」
「何か有ったの?」
「うん。マヤの寝言が聞こえてきた!!」
リンは少しだけマヤの方を見て
「それは、後でじっくりと聞くとして・・・誰か訪ねてきたとか、怪しい人を見かけたとかは?」
「リン。聞かなくていいよ。ウーちゃんも言わなくていいからね」
ウーと呼ばれた少女は少しだけ、リンを見て
「そう言われても、誰も来なかったし、怪しい人も見かけなかったよ。ねぇサラナも覚えていないよね?」
「うん。誰も来なかったよ」
「そうか、うん。わかった。ありがとう。そうそう、どっちが先に寝たとかはわかる?」
「そういえば、急に眠くなった事までは覚えているけど、そこから先は覚えてない」
「私も同じだよ」
「うん。ありがとう。」
二人から離れて、少し歩いた所でマヤをひと目だけ見た。マヤは、首を軽く傾げた
「どうしたの?リン」
あまりにも不自然な状況だ。二人してほぼ同時に寝てしまった。魔法やスキルである可能性が高いが、そこまでする理由が解らない。
そして何よりも、何かを探していたことは間違いないが、僕とマヤの荷物を漁っただけで終わっている。僕たちが、ターゲットになっているのは間違いないが、僕たちには、なにか重要な物を持っているとか、高価な物を持っている、または、持たされている記憶が無い。
僕たちの武器が目的じゃない限り、犯人に、何か収穫が有ったとは思えない。ニグラに行く最中にも何か仕掛けてくる可能性がある。そして武器を壊されている事から、今回仕掛けてきた連中じゃない、それこそ、魔法やスキルをまだ使えない人間が、主犯である可能性が高い。面倒な事にならなければいいけどな。なんにせよ理由がわからないと、何に備えたらいいのかわからない。
「ねぇリン。リンってば。どうしたの?」
「あぁマヤ。ゴメン。少し考え事をしていたよ」
「うん。それはいい・・・けど、どうしよう?」
「そうだね。マヤの弓だけは修理しておきたいね。誰か出来る人がいれば、ちょうどいいんけど・・・ね」
「簡単な物なら、私でも直せるよ。村でもそうしていたからね。矢の方が問題かな」
「そうだね。矢は街を出る前に調達しないとダメだろうね。他の村の子に少し分けてもらうとかできれば大丈夫だと思うよ」
「解った。確か弓を持っていた子も居たから少しもらえないか話をしてくるね。それにしても誰がやったのだろうね?」
「いろいろ考えられるけど、想像しか出来ないし、今考えてもしょうがないからまずは出来る事をやっておこう」
「うん。リン。ちょっと行ってくるね。そろそろ起きだす子も居るみたいだから」
「解った。僕も少し周りを見てここに戻ってくるよ」
マヤが他の村の子の所に行くのを、見送った。
礫は道中探せばいい。最低でも、食料だけは確保しておく必要がありそうだ。最悪は、隊列と離れて行動しなければならない事も、考慮しないとならない。僕とマヤの二人で、アロイまでは8日くらい。渓谷を超えてメルナから7日程度。まずは、アロイまでの8日分を確保できれば、
魔法の袋があればな、荷物の重さを考えなくていいからな、それに常に身に着けていられる。ロック機能があるから、解っている連中なら、盗難の心配も少ない。探索に行くようになったら欲しい。俺に使えなくても、マヤなら使えるだろう。
なんにせよ、パシリカが終わらないと何も始まらないって事だよな。
ニノサが持っている魔法の袋を思い出した。袋の容量を無視して、荷物を運び込める魔法が施された袋で、探索時には必須になっている。誰しもが持てるものではなく、一定以上の魔力を持っていることが、条件になっている。一般的に魔法職にしか使えないと言われている。例外的に、ニンフの加護を得た場合には、無条件で使えるし、作る事ができると言われている。
ないものはしょうがない。最低限必要な物だけでもそろえておくことにしよう。
マヤの方は大丈夫かな?
マヤは、忙しそうに知り合いに声を変えている。既に何本かの矢を手に持っているようだった。
あとは、食料があれば大丈夫だ。アロイまでなら、道は整備されているし、外れなければ迷うような事もない。地図は必要ないだろう。
食料品を売っている店があればいいんだけど、毎朝出るはずの朝市に向けて歩いた。
さきほどから、籠を背負った行商人が追い抜いていく事から、朝市の準備が始まっているのだろう。
これなら十分な食料が買えるだろう。
露天を開いている人に声をかけながら、干し肉と空腹を満たすために、コレトを購入した。ナイフを購入して、他になにか無いか見て回っていた。
「坊主?こんなに早くにどうした?」
「ちょっと食料とかを買いに」
「ん?パシリカに行くのなら、食料はもう用意されているはずだよな?」
「そうだけど、よく食べるから予備に買っておこうと思ってね」
「そうか、大変だな。これ持っていけ」
そう言って、露天商から手渡された果物を受け取った
「え?これいくらですか?」
「ん。いいから持っていけ、形が悪くて売れないからな。俺が、食べるか捨てようと思っていたものだから遠慮するな」
「本当に?いいんですか?」
「あぁいいぞ、持っていけ」
「ありがとう。おじさん」
「おいおい。おじさんはなしだ、俺はこれでも22歳だぞ。そして、ウノテって名前がある。覚えておけよ」
「え!?そうなの?」
「おい」
「ゴメン。ゴメン。ウノテさん。”これ”ありがとう」
「おぉ。パシリカが終わって帰ってきたら、俺の店で何か買って行けよ。まだ小さな露天だけど、そのうちでっかい店になるからな」
「了解。僕は、リン。ウノテさんお店持てる様に祈っているよ」
「おぉ。無事行って帰ってこいよ」
「行ってくる」
露天商と別れて、マヤが待つ場所に向かった。
「リン。数本だけど矢が集まったよ。これで大丈夫かな?」
「マヤが大丈夫だと思えばいいよ。本当に何か有った時の為だからね」
「マヤ。荷物を確認して、待ち合わせ場所に行くよ」
買ってきた物を袋に詰めて、さっき貰った果物も一緒に袋に詰めた。
後は、本当に何もなく進める事だけを祈って、領主たちが指定した場所に移動を開始した。
集合場所には、既に殆ど集まっていた。領主と息子が来るのを待っていた。
暫くしてから、領主が現れて、何か偉そうにしゃべっていたが、そんな事を聞いている子供はほとんど居ない。
今回のパシリカには、52人が行く事になっているようだ、そして護衛は噂話どおりに、4人が付いて行く事になり、マガラ渓谷では、追加で2人が護衛につくようになっているようだ。
これらを仕切るのが、領主の息子のウォルシャタだと言う事だ。
いろいろ不安な気持ちがあるが、僕たちは、ニグラに出発した。