第十九話 リーゼの仕事
「ねぇヤスは?」
リーザは、
「セバスの話では、明日には帰ってくるそうです」
「わかった。明日だね。ねぇ僕が相談したいことがあると言ったらヤスは会ってくれるかな?」
「大丈夫だと思います。事前に、お伝えしておきますか?」
「え?あっうん。お願い」
ファーストが、すぐにリーゼの家から出て、神殿に向かった。
セバスかツバキに、リーゼの要望を伝えるためだ。
幸いなことに、セバスが神殿に居たので、リーゼの要望を伝えた。
セバスは、マルスに伝達をして、移動中だったヤスから返事を貰った。ファーストは、返事をリーゼに伝えた。
「リーゼ様。旦那様は、明日の昼にはご帰還の予定です。昼を一緒に食べようとおっしゃっています」
「お昼?どこに行けばいい?」
「食堂での会食を準備をするように言われております」
「わかった」
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ヤスは、神殿の領域に住んでいる人たちに、強制することはなかった。住居を与えたが、それ以上は何も言わない。最低限の食事は、ファーストたちが対応してくれている。そのために、仕事をしていなくても生活が出来る。
リーゼの場合は、それに”エルフ族”からの支援があり、しっかりとした食事も生活もできている。
「リーゼ様。旦那様とのお食事の時間です」
「ん?ありがとう」
リーゼは、ファーストが用意した服に着替えて、食堂に向かった。スカートだったので、自転車ではなく、キックスケーターで食堂まで移動する。
「リーゼ!」
「あっサンドラ?どうしたの?」
「どうした?は、こっちのセリフ。ギルドに来るなんて珍しいね。何か依頼?」
「あっ違う。食堂に行こうと思っているだけだよ」
「食堂?」
「うん」
「へぇ・・・。なんか、ヤス様が、食堂に入っていったけど、リーゼ絡みなの?」
「そうだよ?なんで?」
「え?」
サンドラは、リーゼを冷やかそうと思ったのだが、素直に答えられてしまって、冷やかす以前だと認識した。
リーゼがヤスを意識しているのは、神殿に住んでいる者たちの共通の認識だ。ただ、誰もリーゼに確認していないので、真偽は不明なままだ。ヤスにしても同じだ。ヤスが、街々で娼館に行っているのは公然の秘密になっている。神殿には、ヤスにならと考える女性は多い。
「サンドラは、王都に行かないの?」
「え?」
「ほら、なんとか子爵と、なんとかいう貴族がヤスに喧嘩売って、ヤスが返り討ちにして、なんとかいう貴族がお取り潰しになって、アデーが管理している別荘に押し込まれたのでしょ?」
リーゼの話は的を得ているが、話に出てくる人物の殆どが”なんとか”になっていてわかりにくい。
「えぇ」
「王都では、大変なのでしょ?なんか、商人たちが慌てていたよ?それに、サンドラのお父さんはまだ帰ってこられないのでしょ?行かなくていいの?」
「それは・・・」
「裁定が下っても、まだ帰ってこられないのは、何か決まっていないってことだよね?」
「え?あっ」
サンドラが声を詰まらせたのは、リーゼの予想が大筋で当たっているからだ。事情を知っている者なら簡単に導き出せるのだが、リーゼに渡っている情報は、サンドラが知っている限りでは、商人たちの噂話以上ではない。それも、王都から来ている商人は、リーゼには接触していない。ユーラットやアシュリの商人だけだ。
「どうしたの?」
「え?あっ。私は・・・」
「あっ!ヤスを待たせている!サンドラまたね!」
「え・・・(嵐のような人ですね)」
サンドラと別れたリーゼは、食堂に急いだ。
ヤスが待っていると聞いたからだ。待たせているという認識があるので、急いでいるのだが、別の感情が芽生え始めている。
「ヤス!」
「久しぶりだな。なんか、相談があると聞いたけどなんだ?勝負なら仕事が終わってからにしてくれよ」
「違うよ!あっ!その前に、『おかえり!』」
「ただいま」
ヤスは、立ち上がってリーゼを椅子に座らせる。ファーストに食べ物を持ってきてもらうように頼んだ。リーゼもファーストに注文をした。
「それで?」
「あっうん。ヤス。僕ね・・・・」
「なに?」
ここで、ファーストが二人分の食事を持って戻ってきた。
話は、食事の後にして、まずは食事を摂る。
食事の間、リーゼはヤスに、ヤスが居なかった間の話をしている。ファーストがフォローをいれるが、ヤスはリーゼの話を黙って聞いている。カートの話だけではなく、東門に作られたコースで、カイルやイチカとのレースの話や、西門にあるコースでの話だ。リーゼが楽しそうに話すのを、聞いているだけで、ヤスも嬉しくなってしまう。
リーゼが楽しそうにしているのも嬉しいが、カイルやイチカだけではなく、保護した子どもたちが楽しそうにしているのが嬉しいのだ。
食事が終わって、食後のデザートをリーゼが食べる。ヤスは、コーヒーをファーストに頼んだ。
「リーゼ」
「あっ。ヤス。僕、お店を持ちたい」
「店?」
「リーゼ様。それでは、旦那様に伝わりません」
「えぇ・・・。だって・・・」
「ファーストは聞いているのか?」
「はい。旦那様。リーゼ様。私からご説明してよろしいですか?」
「うん!お願い」
ヤスは、ファーストの説明を聞いて、なんとなくリーゼがやりたいことを整理した。
「リーゼは、神殿の迷宮区に店舗をだして、対価を貰って治療をする」
「うん。駄目?」
ヤスは、考えるふりをしてマルスに相談をしている。
『マルス。どう思う?』
『マスター。個体名リーゼが、治療魔法や治癒魔法を使えるのは判明しています。他人に教えることが出来るか確認してください』
「なぁリーゼは、魔法を他人に教えることは出来るのか?」
「僕が?基礎なら大丈夫だと思うけど、それ以上は難しいと思う。僕の魔法は、ちょっと特殊だから・・・」
『マスター。基礎だけでも、学校の子どもたちで、素質がある者を個体名リーゼの部下につけて教えるのならよいことだと思います』
『それで?』
『治療や治癒の魔法が使える者が増えれば、神殿の価値が上がります』
『価値?』
『はい』
『まぁいい。リーゼがやりたいみたいだし、子供が出来る仕事が増えるのはいいことだからな』
『了』
「リーゼ。迷宮区にリーゼの店を出すのは許可する。対価も、リーゼに任せる。商店でポーションを売っているから、ポーションよりは安い対価はやめてくれよ。それと、子どもたちをリーゼの部下につけるから、基礎を教えてくれ」
「旦那様。対価は、私が調べて調整します」
「任せる」
「ヤス、ありがとう!僕、頑張るね!」
「ファースト。セバスとツバキと相談して、リーゼの店の場所を決めてくれ」
「かしこまりました」
『マルス。サポートを頼む。それから、セバスとツバキに、子どもたちで適性がある者をリストアップしておくように言ってくれ』
『了』
ヤスは、リーゼが自主的にやりたいと言ってきた内容なら認めようと考えていた。
治療院なら、冒険者たちの治療が行える。
翌日には、ギルドにリーゼが書いたことになっている申請書が届けられた。ヤスが承認しているというサイン付きだ。迷宮区の入り口は、ギルドが管理しているので、筋を通す必要があったのだ。
ギルドもヤスが許可をだしていることに異議を唱えるつもりはない。それに、治療院が出来るのはギルドにとってもいいことなのだ。
リーゼの実力はわからないが、冒険者に選択肢ができるのは、競争が産まれるので、良いと考えた。
リーゼの対価は、低級のポーションよりは高く、中級のポーションよりは安くしている。怪我の度合いで変えようとする意見も有ったのだが、判断が難しいので、一回の対価として考えたのだ。助手の子どもたちが行う場合には、低級のポーションと同等にしている。そして、子どもたちの中から本人が承諾した者は、迷宮区に一緒に入る許可が出た。冒険者が護衛をしっかり行うことと低階層のみという縛りがあるが、ドーリスからの要望を受けて行っている。
リーゼが作った治療院は、マルスが考えていた以上に神殿の価値を上げた。
未来の話なのだが、神殿で治療や治癒を習った子どもたちが、他の場所(=集積所)に店舗を出し始めて、各地の治療や治癒を行い始める。ヤスは最後まで抵抗していたのだが、店名は”オオキ(場所の名前)治療院”となってしまった。