第百三話 焔vsサイモン
「どうしてわかったネ?」
リンリンはなぜさっきの蹴りで腕を折りにいっていたことがわかったのかを焔に問いかける。
「最初は顔を狙ってると思ったんだけどな……俺が腕でガードしようとした瞬間、足の出所が少しだけ変化しただろ? その時思ったんだよ。リンリンの狙いは顔じゃなくて、ガードしに来た腕なんだなって。だから、マジで焦ったぜ」
「あの一瞬でそんなことがわかるなんて……やっぱり焔はすごいネ」
「いやいや、それほどでも」
「それじゃあ、今度はこっちから行くネ……!」
言い終わるや否やすぐにリンリンは焔の元へ突っ込んでくる。焔は自然と防御態勢を取り、リンリンの攻撃に備える。
リンリンは素早い攻撃を焔に仕掛ける。指をピンと伸ばした手の型、いわゆる
貫手は避けるか、払うかのどちらかで対処すること。相手が素人なら、ガードしても、大したダメージはないと思うけど、さっきの動きからしてもリンリンはおそらく……いや、かなりの手練れだ。手首とか、指を掴めば動きを止められるけど、前にそれシンさんにやったら、合気道か何かの技で余裕で絞められたからな……。
昔の苦い経験を思い出しながらも、焔はリンリンの貫手をかわし、払う。そして、頃合いを見計らって、反撃するが、そのことごとくにリンリンは攻撃を合わせてカウンターを仕掛けてくる。そして、そのほとんどが蹴りでのカウンターだった。しかも、どんなにきつい態勢、無理な体勢からでもスピードも威力もある蹴りを放つリンリンに、焔は悪戦を強いられていた。
キッツいな。ソラはまだシンさんと似たタイプだったから、良かったけど、蹴り主体で攻めてくるやつとは今までに戦ったことないからな。更に、その蹴りがとんでもねえ。上段、中段、下段、回し蹴り、膝蹴り、二段蹴り、かかと落とし、何でもござれかよ。それに、そのほとんどがほぼノーモーションで溜が全くねえ。なのに、あれだけの威力とスピードが出るのはおそらく……。
その瞬間、リンリンから上段蹴りが繰り出された。本当にいとも簡単に繰り出すものだから、焔も反応が遅れ、かわすのもギリギリとなる。だが、リンリンの攻撃はまだ続き、蹴りの反動で一回転すると、その隙に逆の脚から、刺すのような前蹴りが焔の胸元をえぐる。
ヤバッ! 避けきれねえ……!!
その前蹴りは焔の胸元にヒットする。
(やったネ!!)
リンリンも手ごたえがあったのか、一瞬表情が明るくなる。だが、すぐにそれは間違いだと言うことをリンリンは理解した。
蹴りは決まっていた。だが、ギリギリのところで、焔は両手をリンリンの足の裏に潜り込ませ、何とかクリーンヒットは免れていた。更に、焔は両足を浮かせ少しだけ後退することでリンリンの攻撃をほぼ無効化していた。
決まっていたと思っていた蹴りが本当は決まっていなかったことを知ると、リンリンは悔しい思いに駆られるが、それ以上に焔の反応速度、判断力の速さに興奮を隠せずにはいられなかった。
「やっぱ、すごいネ」
思わず笑顔になってしまうリンリン。
「だろ?」
単純に感心するリンリンに、焔はきつい状況にもかかわらず、笑顔を作り強がって見せる。だが、そんな焔に、不敵な笑みを見せるリンリン。
「まだ終わってない……ヨ!」
そう言うと、リンリンは軸足でつま先立ちすると、地面をつま先で蹴り、ほんの少しだけ前に出る。すると、焔の胸元に刺さった脚は伸び切っていたが、前進することによって少し曲がる。つまり、溜が出来ると言うことだ。全くもって攻撃力はないが、今現在、後ろにのけぞるように浮いている焔ならば、容易に転倒させることは可能だった。
「まずっ……!」
焔もそのことにはすぐに気づいた。それと同時にリンリンも自身と同様に浮いていることを確認すると、焔は両手を思いっきり前を突き出す。
両者が力を入れるタイミングはほぼ同時だった。
「よいしょ!」
「テイヤ!」
2人は同時に後ろ向きで吹っ飛ばされると、地面にうまく手をつき、綺麗なバク転を見せ見事こけることなく着地する。
「おー」
パチパチパチ
2人同時に弧を描く見事な着地だったものだから、思わず拍手が起こってしまった。着地した2人は少し息が荒くなっていた。2人は相手がすぐには攻めてこないことを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、息を整える。そして、焔は先ほどの一連の攻撃からリンリンのある特質に気づく。
やっぱり、あの蹴りを生み出しているのは体の柔らかさが関係してるな。どんな無理な体勢からでも蹴りを繰り出すことが出来るのは、リンリンの技術と優れた体幹、そして体の柔らかさ。更に、あの鞭のような蹴りが出せるのもしなやかな筋肉と超絶柔らかい体があってこそってわけか。仮に、リンリンの脚がでっけえ鞭だと考えると……こわ。
考察を終えた焔は改めてリンリンの蹴りの脅威に気づかされ、絶対に当たるまいと心に決めた。それと同時にリンリンも焔に対して、過大な評価をしているのだった。
(やっぱり、とんでもないヨ、焔は。これまで、けっこうな数の攻撃仕掛けたつもりなのに、全部防御されるなんて……しかも、少しのダメージも与えられなかったネ。こんなことできるのはお師匠だけだと思ってたのに、すごいヨ、焔。でも、だったらどうして攻撃はあんなに……)
焔に関して、少し違和感を覚えたリンリン。その違和感について考えていると、不意に後ろから大きな影が伸びる。
「え?」
振り返るリンリン。だが、その大きな影はリンリンには目もくれず、長い棒状のもので焔に攻撃を仕掛ける。
「まずっ!」
焔は再び大きく後方へ飛び退く。そして、その大きな影を睨みつける。
「おいおい、どういうつもりだ……サイモン」
その大きな影の正体はサイモンであった。
「あれ? サイモン君いつの間に!?」
「何してんのよ、あいつは」
茜音は自身の横らへんに立っていたサイモンがいつの間にか移動していることに驚きを示す。一方で、コーネリアは呆れたような目つきでサイモンを見ていた。
「サイモン君、急にどうしたネ? 今はあたしが……」
「リンリンちゃんもソラちゃんとの戦いを見ているなら知っているだろう? 焔の耐久力と持久力はもはや化け物レベルだ」
「おい、サイモン……それ褒めてんだろうな?」
「ああ、十分褒めてるさ……だから、リンリンちゃん、ここからは選手交代だ」
「でも……うん、そうするヨ」
一瞬だけ躊躇するリンリン。だが、先ほどの戦いでは、ペース配分せずにかなりの攻撃を繰り出したため、体力の消耗が激しかったこと。そして、焔の体力のことを考え、ここはサイモンの指示に従った。
リンリンが離れるのを確認すると、サイモンは大きな声を出しながら、手に持っている槍を器用に回し始めた。
「さあ! ここからはこの僕……サイモン・スペードが相手だ! どこからでもかかってくるがいい!」
「どこからでも……つっても、素手じゃ……」
焔がそう愚痴っていると、何かが足に当たった。
「あ?」
そこにはなぜか焔がいつも練習で使う剣が置いてあった。
「ハハ、こいつはご丁寧にどうも」
焔は目線を耳元に向け、独り言のように誰かに礼を述べると、剣を取って立ち上がった。2度ほど剣を振ると、ゆっくりとサイモンに向かって、切っ先を突きつけた。すると、サイモンもそれに呼応するように槍を肩に担ぐように構え、少しカッコつけながら、穂先を焔に向ける。
「行くぞ! トランプ野郎!」
「来い! レンジ!」
気合を入れると、焔は真っすぐサイモンを見据え、一歩を踏み込んだ。