キミを、守りたいから【短編】
【キミを、守りたいから】
出会った瞬間、その存在に強烈な愛しさを覚えた。
何が何でも守りたいと思った。だから、自分はずっと彼女を見守り続けてきたのだ。
これからも永遠に、見守りたい。
だから自分は――――何が何でも彼女を守ると決めたのだ。
◇ ◇ ◇
”マネス”は『機械人形屋』と掲げられた看板がある店の扉を開くと、突如として音楽が鳴る。多少心中で驚きはしたが、危険な気配は感じなかったので、静かに扉を閉める。
「いらっしゃいませ」
「い、い、いらっしゃいませー!···あれ?」
店の中にいたのは、少女2人だった。
1人は魔女だと、すぐにわかる。何故かこの店内は2つのカウンターに分かれており、1つは魔具や魔術所が雑然と並べられたカウンター、そこに魔女と思わしき枯葉色のセミロングの髪の少女がいる。大層地味な顔立ちだが、逆にそれが愛嬌があるとマネスは思った。彼女は困ったように眉を下げ、マネスの姿を見つめている。
「機械人形屋に、どういった御用でしょうか?ここは、亡くなられた魂を宿す機械人形をお作りする場所です。お客様も、そういったご用件でしょうか?」
——-もう1つのカウンターの奥に座る少女が、優艶な笑みを浮かべて首を傾げる。魔女の少女とは対照的に、鉄やら銅やらが、整然と並べられたカウンターだ。その奥にいる少女は、絶世の美少女という言葉は彼女のために作られたのではないかと思うほどの妖艶な美貌である。長い黒髪に、肩が出た黒いドレスは彼女の色香を十分に強調しているように見える。
「···あ、あの···あなたは、精霊様ではございませんか?何故このような場所に···」
「え?精霊?カレン、この世界ってそういうのもいるの?」
「当たり前じゃないですか、リオさん。···あの、あなた様は···善き精霊と名高い”マネスの精霊”様とお見受けしますが···?」
——-魔女の少女がカレン、美貌の少女がリオというらしい。
”マネスの精霊”は顔を見せないように、被っていた黒いフードをより深く被った。顔が決して見えないように。
「·········いかにも···私は、マネスだ。···ただ、我等がマネスの精霊たちは一概に善き精霊とは···言えないな···。死者を冥界で迷わせる悪戯者もいる···」
「そ、そうご謙遜なさるあなた様は善き精霊と呼ばれるお方ではございませんか?人を見守り、助ける···」
「······そのようなものではない······」
マネスと呼ばれる精霊は、人を見守り、助ける善い精霊とは呼ばれている。しかし、自分は―――そうは思っていなかった。
「―――そのような善き精霊の方が、誰を蘇らせたいとお思いでこのお店にいらっしゃったのですか?あなたの欲を、お聞かせ頂きましょうか」
「り···リオさん!そんな言い方、精霊様に不遜ですよっ!」
「だってここに来たということは、蘇らせたい方がいるんでしょう?それは紛れもなく、”欲”以外の何者でもないでしょう。代金を支払っていただければ、私がその御方の機械人形を作り、このカレンがその魂を召還します」
リオという少女は、どこか皮肉さすら感じる口調だった。
「——―それは人間ではなく、精霊でも、蘇らせるのか?」
「あ、は―――はい。精霊でも悪魔でも、魂が肉体を離れていれば、可能です」
カレンが戸惑いながらも、リオに視線を投げかけた。
自分が蘇らせたいという者が、”精霊”であることを気にしているのだろう。
「念のため、先に機械人形の原則をお話ししておきますね。1つに、機械人形は胸にあるコアを潰せば壊れてしまいますのでご注意下さい。2つめに、機械人形は自らの意思で誰かの命を奪うこと、傷つけることはできません。3つめに、2つ目の約束を遵守しなければ、自ら壊れてしまうという仕組みになっております―――これは、私のいた世界でのルールを反映させたものです。4つ目に返品不可というのもございますね」
朗々とした説明口調でリオが言い、両手を祈るように組ませてそこに顎を置く。
(···ふむ。機械人形には原則があるのか。―――”2つ目”が、厄介だな)
「···それは2つ目は外せないのか?」
「外せません。機械人形が、魂ある存在を殺すなんて有り得ません」
「···では···例えば···対象が殺されそうになった時、盾になることは可能か···?」
「······?まぁ···2つ目にも3つ目にも抵触しませんが···ご自分の盾をお求めですか?」
リオが質問をマネスに投げかけた時、カレンは首を横に振った。リオに”やめよう”と継げようとしているのが、さすがのマネスにもわかった。
人間と、自分は少なくとも10年は話していないのに。
「···違う···。···私が、蘇らせて欲しいのは···」
マネスは怪訝にしている少女二人に、ぼそりと言った。
「···私自身だ。私は、あと2日後に死ぬ···。だから、3日後に蘇らせて欲しい···」
リオとカレンは、目を丸めていた。
◇ ◇ ◇
「私が彼女、エラと出会ったのは···10年前。まだ彼女は赤ん坊だった。黄金の稲畑に囲まれた家からハイハイで出てきた彼女は、ずっと外に立っていた私に···触れた。赤ん坊は予想外の動きを···する。それは未来予知ができる私でも···わからなかった。まるで彼女は···私に好意を寄せている···ようだった。獣のような···私を···。
「それからずっと私は、稲畑から···見守った。彼女の家から、母親と、父親ではない男が出て行ったっきり帰ってはこなかったのを···見ていた。エラはそれから···外から見える窓辺でいつもご飯を食べていたのに、しなくなった。どんどんやせ細っていくのを見ると···食べるものがないのかと思い、私は森で取れる木の実を毎日届けた。
「エラは学校に行くべき年齢になって···働きだした。食べ物に困るようなことはなかったようだが、彼女は同年齢の少女達を···見つめるようになった。彼女には友人が···いなかった。だから手荒だが···同年代の少女達の前で、彼女を···転ばせた。優しい友人が···彼女にはできた。
「――――エラは今、10歳。明後日死ぬ運命にあると···わかった···。だから私は···身代わりになる···」
「え?突然、話が飛躍しすぎではありませんか?」
自分の話をずっと聞いていたリオは首を傾げる。その肩を、カレンが突く。
「リオさん、マネスという精霊様は未来予知ができるんです」
「未来予知?そんな非科学的なことが···まぁここはそういう世界か···」
ヒカガクテキ?マネスには意味が分からないが、話を続ける。
「明後日、ファイアウルフの群れが村を···襲う。冒険者パーティに討伐を頼んだが···それでも、エラが襲われて死ぬという運命は···変わらない。しかし私が盾になれば···運命は変わる」
「そ、そんな···魔物に襲われたら精霊様だって消滅してしまいますよ···?」
「私は···良い。私が盾になれば···彼女は、70年後、稲畑に囲まれた家で最後老衰で···死ぬ。家には誰もおらず、彼女が最後に淹れた珈琲は飲まれることはないが···笑顔で···」
マネスにはありありと、その光景が頭に浮かんでくる。
「結婚もせず、子孫を残すこともないが···彼女は幸福そうに···死ぬんだ。···ただ私は、彼女を見守り続けて···いきたい。彼女は予測―――不可能。もしもまた脅威があった時、私は···彼女の盾に···なる」
「···そうですか。それでは相応の代金を頂きましょうか」
「···これで、足りる···か···?」
マネスは、懐に入れていた金貨を出した。精霊であるマネスは、金など本来持っていない。これは、エラのためになるだろうと落ちていた金貨を拾っただけだ。
「も、勿論ですとも!でも、マネス様!私も村に行き、ファイアウルフを···た、倒しますよ!マネス様が身代わりになることなどないように!」
「ちょっとカレン···また君は···」
「だ、だって···だ、黙って見過ごせますか!?精霊様は純粋に人間のことを想われているのですよ!」
やれやれという顔をするリオと、顔を赤くして意気込むカレン。マネスはカレンの言葉を聞き、瞬間的に未来予知ができた。
「···やはり、私は···助からない。だが···ありがとう」
「え?そ、そんなこと···未来は変えられますよ!」
「私が盾になれば、エラは···助かる。それだけで···十分」
マネスは思い出す。0歳だった彼女が成長し、今は10歳。そして彼女が天寿を全うし、亡くなる寸前の未来の光景。
「···私の機械人形制作を···よろしく頼む···」
マネスはそれだけ言うと、店から立ち去って行った。
□ □ □
「精霊様···何てお優しいお方なんでしょう···!リオさん···何とか彼を救いたいですね!何か異世界の知識で、妙案はありませんか!?」
マネスが立ち去った後、カレンがリオに言うと、彼女は肩を竦める。
「ないね。機械人形は命あるものを殺せない。私は何もできないし、それにするつもりも起きない」
「ほ、本当に冷たい人ですね···!···どうして、そんな不機嫌そうにされなきゃならないんです!何ですか!?」
「わからないの?」
リオの眉が不愉快そうに上がったことに、カレンは怒りを秘める。何がなんだかわからないというカレンの顔に、リオは余計に機嫌が悪くなった。
「今の話を聞いて、カレンは何も気づかなかったの?」
◇ ◇ ◇
ファイアウルフの遠吠えが、燃え盛る家々の上空に響き渡った。
「早く討伐しろ!!住人達を守れ!!」
ある有名な冒険者パーティの騎士然としたリーダーが叫びながら、炎の化身ファイアウルフを大剣で切り裂く。
宵闇の中、家を焼き尽くす炎。
大地を駆け回る炎の獣。
冒険者パーティに守られる村人たち。
これらは決められた未来通りなのに、マネスは内心焦っていた。
(エラは···どこだ!?)
どうして彼女は、いないのだ。
全く彼女の行動は、昔から予測不可能だ。マネスはフードを深く被った状態で、村中を探し回った。
少女の叫び声が聞こえるたびに、つい振り返ってしまう。
(どこに···いる···っ!エラ···っ!!)
赤ん坊の時、喜びに満ちていた彼女。
母親に置いていかれ、寂しそうだった彼女。
優しい友を得て、これから幸せな未来を送る彼女。
ーーーー壊させて、なるものか。
「ーーーきゃああぁぁぁぁぁ!!」
マネスは甲高い叫び声を聞き、すばやく足を動かした。
炎の中でも、獣の中心にいても、彼女の姿を間違えるはずがない。
「···っ!!」
栗毛色の長い髪の少女。年は10歳ほどだろうか。彼女の衣服は炎に燃え、左腕に肉を切り裂かれた跡がある。
ーーーこんな未来、自分は見ていない。
「エラっ!!」
マネスは走ると共にすぐに手をかざし、暖かな白い光の玉を構成する。
「光よ爆ぜろっ!!」
単純な魔法詠唱は、小さな風船が破裂する程度の威力しかなく、ファイアウルフ達に小さな攻撃を与えるだけだ。
自分は単なる精霊。特別強くもなければ、弱くもないファイアウルフを倒せるほどの精霊力はない。
「ぇ···キ···」
「光よ爆ぜろっ!!爆ぜろ!爆ぜろ!爆ぜろぉーーーー!!」
マネスは迷わず彼女の体を抱きしめ、ファイアウルフへの盾になった。
ーーー小さな光が破裂していくが、瞬間、自分の身体に鋭い痛みが走る。思わず「ぁ」と声をあげてしまうような痛みは、1秒ごとに自分の身体の傷を広げていくようだった。
噛まれたのだ。
最初は1匹、そして2匹、3匹と、自分の体の肉を食い破り、引きちぎる。
精霊力によって実体化しているマネスにとっては、魂を悪魔に食い破られていくような衝撃だった。
ーーーマネスは、エラを抱きしめた。
騎士達が駆けてくる足音が近づいてくる。しかし彼らが来るまで、自分は全てを食われるわけにはいかない。
「爆···ぜろっ!光よ···っ!!」
「マネス様っ!!」
ーーー機械人形屋の、カレンの声だった。すぐ近くから、ファイアウルフの雄叫び。
(···これで···)
マネスは己の最後を感じ、安堵した。
エラはこれで、助かる。
「···エラ···」
血の匂いが感じる中で、小さな花のような可愛らしさがある少女。
マネスが絶命する瞬間、彼女は己を目に映した。
「キミは···?」
マネスが最後に聞いたのは、彼女のそんな言葉だった。
◆ ◆ ◆
「ーーーマネスっ!」
目を開けた瞬間、柔らかな身体が自分を押し倒し、己の顔を覗き込んできた。
「···ぇ···っっ」
自分の上にいたのはーーーエラだった。
マネスは己の視野があまりにも広いこととに驚く。慌ててフードを深く被ろうとしたが、いつものそれがない。
「···っ!!これ···は···!」
「お、おはようございます、マネス様···。お約束通り、魔女の私が魂を蘇らせましたので···」
と言ったのは、カレンである。
ここはーーー村ではない。以前訪れた機械人形屋だ。
自分は、黒い毛で覆われた獣の顔を隠すことなく晒している。
「何故、エラが···」
「ずっと私を守っていてくれてありがとう、マネス」
エラが自分の首にぎゅっと抱きつく。自分は彼女の抱擁を受けながら、呆然とする。
「小さい頃から、私、誰かに守られている気がしていたの。お母さんやお父さんより、ずっと優しく私を見守ってくれている存在がすぐ側にいるなぁって···キミだったんだね。おぼろげに、私覚えてるよ」
エラの言葉に、自分は何も言えなかった。
「マ、マネス様···あなたの話にはおかしい所がありました。ご自分でも、気づかれていなかったのでしょうが···」
「カレン、あなたこそ気づいてなかったでしょ。自分の手柄のように話さないでよ」
壁に寄り添っていたリオは、不機嫌そうに言った。カレンは恥ずかしそうに笑い、口を動かし始めた。
「あの···エラさんの過去から、エラさんの晩年。マネス様のお話しですと、それぞれ“視点”が違いました」
「し、てん···?」
「マネス様はずっと外からエラさんを見てたんですよね?気づかれないように食べ物を届けたりしてたり、友達を作るために転ばせたり、それらは全て外の話でした。なのにエラさんの晩年の話になると急に、家の中での出来事をお話しになられてましたね。紅茶のお話とか」
「······ぇ?あ···」
確かに自分の未来予知では―――エラの晩年の姿は―――”家の中での光景”である。
マネスはエラの家の中に入って、彼女の最後を見届けるということだ。
(それは···つまり···)
「キミは、とても善良な精霊様なのね。もふもふだし」
自分は己の姿をずっと忌まわしく、醜いものだと思っていた。だが、優しいエラはそんなことは言わなかった―――自分は大切なことを未来予知できていなかったらしい。
自分と、エラとの関係について。
ずっと彼女を見守ることができさえすれば良いと思っていた。
だが――――。
「精霊様、キミのことをたくさん教えて?私はキミといっぱい仲良くなりたい―――ずっと私のことを庇護してくれていた分、私はキミを守りたい」
「守···る···?私を···?」
「だってずっと守ってくれたでしょう?ねぇ、私はキミと仲良くなりたいの」
何て無邪気な顔をするのだろうと思った。
赤ん坊の時と、変わらない。ファイアウルフの盾になったくらいで、彼女はこんな獣の精霊を信じて、親しくしたいと思ってくれるのか。
マネスの目から、涙が零れた。
守りたいと思う彼女から、まさか手を差し伸べられると思っていなかった。
「君は···本当に―――予測不可能なことを···する」
そう、赤ん坊の時から彼女は予測不可能だった。
自分はまたエラに翻弄されただけ。それだけのことでも、マネスにとってはこれ以上ない幸福であった。