プロローグ:会社をクビになったんだが
ある日、突然告げられた。
「君はクビだ」
おい、そりゃないだろ……!
上司に憤ったのを覚えている。
それなりに良い大学を卒業し、大手企業に入社したまでは良かった。
自慢じゃないが俺は仕事ができたし、本気で社長の椅子を狙っていた。
だが、上司に恵まれなかった。
100億の赤字を作り、突然行方不明になった。おまけにセクハラとパワハラ問題まで置いて行きやがった。
無論——俺は何も悪くなかった。
なのに、俺たちのチームは仕事を取り上げられた。
「君は毎日どんな仕事をしていたのかね」
「…………」
まさか、毎日空のメールボックスを開き、エクセルをひたすら起動し続け、飽きたらソリティアしてましたなんて言えるわけがない。
「君がいなくなっても誰も困らないわけだ。我が社も業績が悪化していてね。出社するのと仕事をするのは違うのだよ。わかるかね?」
「…………」
何も言い返せなかった。
俺は何も悪くないのに。
ただ運が悪かっただけなのに。
あれから一ヶ月が過ぎた。
俺にクビを言い渡した外道は無事にセクハラ問題がバレて退職したそうだ。ざまあみやがれ! と思ったが俺の生活に変化があったわけではない。
失業保険をもらいながら、都内のワンルームアパートでネトゲ三昧の日々をおくっている。
定時退社できるようになってから、今流行りのネットゲームとやらにハマったのだ。
会社をクビになってからは、現実逃避するようにのめり込んだ。
Sword & Magic Fantasy Online。
このゲームで俺が動かしているキャラは遊び人というやつだった。
俺が選んだキャラは世間的にはハズレ職らしかった。
「悪くないんだがな」
剣と魔法がバランスよく使え、様々な職業をつまみ食いしたようなキャラだ。
しかし個々の能力は特化していないので、『汎用性のゴミ』と虐げられていた。
ガチプレイヤーはこういうキャラを嫌う。
廃人プレイをしているユーザーでは遊び人を使っていたのは俺くらいのものだっただろう。
でも俺には問題なかった。むしろ遊び人は向いていた。
なぜなら、コミュ障をこじらせてずっとソロプレイしかしていなかったからだ。
——しかし、遊び人が『汎用性のゴミ』というのは大きな間違いだったことについさっき気づいた。
「なんだこれは……! こんなの、ぶっ壊れじゃねえか!」
遊び人は、レベル上限の99に達すると、特別なイベントが発生するようだった。
そう、転職だ。
遊び人は、シークレットジョブである『賢者』へと転職できるのだった。
SMOでは、かなり経験値がマゾいため、レベル上限に達するのはニートくらいしかできないと言われている。
だから俺しか気づかなかったのだろう。
この賢者ってのがヤバすぎた。
あらゆる特化職を凌ぐ能力。あらゆるパラメータが上限値。あらゆるスキルが使い放題。
完全に環境をぶっ壊していた。
「これ、次のアプデで修正されんじゃね?」
開発者の誰かがイタズラで設計したんだろうな。
さすがにこんなキャラがいたらバランスがおかしくなる。
長くは続かない。
「なら、修正される前にアレやってみるか」
このゲームは1年以上運営されているが、未だにラスボスを倒せていない。
ラスボスに限らず、レイドボスと呼ばれる強キャラは数千人規模のパーティでなければ討伐できないと言われている。
この前2000人が集まって挑戦したそうだが、返り討ちにあっていた。
でも、このキャラならソロで倒せるかもしれない。
大量の回復アイテムや便利アイテムは揃っている。
やってみる価値はある。
そして挑戦した結果——
【白銀の聖龍は倒されました。戦利品を獲得しました。】
「勝った……信じられん!」
俺は、興奮していた。
現行最強のレイドボスの報酬は、きっととんでもないアイテムなんだろう。
ワクワクしながら戦利品を確認する。
ザザっという音がスピーカーから漏れた。
そして、表示されたのは——
【逡ー荳也阜霆「逕溽音蜈ク繧堤佐蠕励@縺セ縺励◆縲ゆスソ逕ィ縺励∪縺吶°�】
【縺ッ縺/縺�>縺】
——は?
まったく読めないんだが。
かろうじて二つのアイコンが選択できるようになっていることは分かる。
多分、普通のレイドを倒した時に出るポップアップと同じものだ。
だとしたら、上の【逡ー荳也阜霆「逕溽音蜈ク繧堤佐蠕励@縺セ縺励◆縲ゆスソ逕ィ縺励∪縺吶°�】はわからないが、下の【縺ッ縺/縺�>縺】は「はい/いいえ」ということだろう
まさかラスボスが倒されるとは思っていなかったのか、変なバグが残ってたもんだな。
あとで運営に報告しておこう。
俺は、左の方のアイコン【縺ッ縺】をクリックする。
すると、画面左下のシステムメッセージが文字化けせずに戦利品の内容を伝えてくれた。
【『異世界転生特典』を獲得しました。】
【『異世界転生特典』を使用しました。】
え?
なんだよこれ。
「っていうか頭が……熱い……」
突然の頭痛に襲われ、視界が真っ暗になった。