第一話 兆候
未来さんから打ち合わせがしたいと連絡が入った。美和さん経由でも、オヤジ経由でも、俺に直接でもなく、ユウキ経由だ。
例の件が片付いたという事だ。場所をどうするのかと聞いたら、”子供部屋”に行くと言われた。
なんとなく、事情を察して、ユウキに日程の調整を頼んだ。放課後や土日なら俺は、いつでも大丈夫だが、未来さんは違うだろうと考えた。
ユウキは、喜んで引き受けてくれた。
そして、明日の19時に未来さんが、家にやってくる。迎えは、珍しくユウキがやると言っているので任せる。話を聞いたら、梓さんが車を出してくれるのだと教えてくれた。足は確保されたので、俺は話をする場所を確保する。ユウキから聞いた話では、込み入った話になるだろうと言われた。声が他に漏れない場所で話をしたいと言われたので、リビングではなく音響の設備が整っている”離れ”で話を聞くことになる。
ユウキの口ぶりだけだけど、未来さんも、この家の実情を知っているようだ。
約束の時間よりも、30分ほど早く3人は到着した。美優さんは、用事があってこられないと言われた。
「流石は、”ダメな大人”たちが作っただけはあるわね」
未来さんは、離れに案内して最初に言ったセリフだ。
俺も、ユウキも苦笑するしかなかった。
離れには、テーブルを持ち込んでいる。ローテーブルだ。椅子まで用意するのが面倒だった。
話は長くならないと言われた。なので、食事前に話を終わらせてしまう。
未来さんが、資料を見せてくれた。
「ふぅーん」
ななめ読みで資料を把握する。
施設に来た人たちは、業者の関連会社で契約違反をしたわけではない。一部、関連会社で人手が足りなくて、関連会社の協力会社に作業をお願いした部分があり、管理が出来ていなくて申し訳ないと”遺憾の意”を表明していた。簡単に言えば、謝っていない。
ルータの設定変更は、問題が発生したときに速やかに対応を行うために必要だった。説明不足だったのは認めるが、セキュリティを考慮して設定をおこなったポートも通常ポートと違う設定にしているとハッキングの危険性は少ないと判断した。と言い訳が書かれている。
サービスで起動していたプログラムは言い訳が出来ないようだ、ソースコードの開示は出来ない。内容は、メンテナンス時に必要な物だとしか書かれていない。
遠隔操作ができるプログラムも同じようにメンテナンスで必要になる物で、円滑に業務を推敲するために必要になっている物だと書かれていた。
メンテナンスを考えてのサービスだったが、認識違いと説明不足と確認不足だったのを認めて、OSの代金を含めて、費用は一切に必要ないと言い出している。
海野さんと未来さんは、契約違反を全面に対決姿勢を打ち出していた。業者は、俺たちが行ったサポート料を施設毎に5万円支払うと打診してきた。中央からも、訴え出るようなことはしないほうがいいというありがたいお言葉を貰った。海野さんは、県から依頼が無い限り中央からの業者の依頼は必要ないと突っぱねる事に成功したようだ。他にも、何か交渉で手に入れたようで、業者からの詫び料は、俺たちへの報酬に回す事に決まった。ちょうど、ショッピングカートが動き出していたので、施設のホームページ作成料として随意契約を結ぶ形となった。俺の会社が、電脳倶楽部に報酬を流す事になりそうだ。
未来さんは、俺の会社の顧問弁護士の肩書を持っているので、津川先生との交渉もお願いした。1割が会社の取り分となって、1割の半分が弁護士の報酬と決まった。俺が持っている会社は、俺が学生の間は、損金がでなければいいと言われているので、問題はない。
未来さんから、説明を受けて、全てを承認した。
その後、俺がリビングで食事を用意して、ユウキが離れに運んでいる。梓さんが、未来さんに相談したい内容があるとのことだ。
食事の後に二人だけで話をしたいと言われた。俺は、やることがあったので、秘密基地に籠もって、ユウキはリビングで二人の話が終わるのを待っていた。1時間くらい経過してから、話が終わったようだ。未来さんは、森下家に顔を出して帰るのだと言っていた。梓さんも、未来さんを送っていって、そのまま帰っていった。
久しぶりに、落ち着いたので、ユウキと一緒に風呂に入って、寝室でゆっくりと寝た。
翌日の学校も放課後まで無事に過ごした。
放課後に、津川先生が生徒会室に来てくれたので、顛末を説明した。
「そうか、助かったよ」
「いえ、未来さんからも連絡が来ると思いますが、電脳倶楽部に後払いですが報酬が出せます」
「それは、戸松先生に言ってくれ、俺は俺で報酬を用意する」
「わかりました」
その足で、戸松先生に面会を申し込んだ。都合がいいことに、時間が空いていると言うので、戸松先生の研究室に移動して、顛末の説明を行った。
「ん?篠崎。それだと、電脳倶楽部は、50万を超える収入になるのか?」
「そうですね」
「うーん。篠崎。少し、保留にさせてもらえるか?」
「かまいませんが?報酬が少ないですか?」
「逆だ。逆!多すぎる。外部からの、入金で一度に50万だと上に報告をする必要がある。面倒だし、説明しなければならない」
「はぁ」
「戸松先生。寄付にしてしまえば良いのでは?」
「寄付?あぁそうだな。篠崎の会社から、電脳倶楽部に寄付の形にすれば、上に報告する必要はないな」
「寄付で良ければ、それで対応します。経理上の問題が発生するようなら、そのときに相談します」
打ち合わせが終わってから、オヤジに連絡をいれる。税理士は、オヤジの紹介だからだ。寄付で大丈夫だと言われた。むしろ、寄付のほうが良いらしい。
後日、学校に地元のテレビ局から打診が有った。
施設のネットワークやパソコンのメンテナンスを、高校生が行っているというのは、かなり、レアな状態らしい。学校は、美優さんや梓さんの事があったので、断ろうとしたら、学校名と倶楽部の紹介だけで、生徒は作業風景を撮影するだけで、個々の名前は出さない取り決めになった。
地方ローカルのニュース番組で取り上げるだけのようだ。
タウン誌の取材も受けた。セキュリティ・キャンプでの活躍と今回の問題を紐付けた記事になっていた。
TVの放送とタウン誌の発売の時期が重なった。
それから、小規模な施設や商店からの問い合わせが学校に届くようになった。
3ヶ月もすると状況は落ち着いた。電脳倶楽部が担当する施設が増えたのだ。部活動の一環として、作業料は取らない方針に決まった。ただし、適正価格の提示は行う。学校で開催する行事の時に、人手を出してもらったり、資材を提供してもらったり、手伝いをお願いすることになった。ショッピングカートは継続する。馬鹿にできない売上になっている。施設が増えて、商品が増えたこともあるが、タウン誌で紹介された事で、アクセス数が増えたのだ。
システム開発の話が転がり込んでくる事がある。俺が対応出来そうな話なら、対応するが、無理そうならオヤジの会社に流した。
充実した日々だったが、問題は発生していた。
今日は、問題を聞くために、電脳倶楽部に来ている。
「篠崎先輩」
「それで?」
「はい。僕たちが管理している表のサイトに大量のアクセスがあり、どうやらハッキングのようなのです」
「その結論を導いた理由は?」
「はい。まず、僕たちが管理している表に出しているサーバは、表からのアクセスは殆どありません」
「そうだな。決められた端末のアクセスできない仕様になっている」
「はい。それなのに、このログを見て下さい」
見せられたログは、確かにハッキングを試みている状況のようだ。
「ふーん。アドレスが違うのだな」
「はい。なので、対応に苦慮しています。除外しても、すぐに次のIPでアクセスがあります」
「ポートもめちゃくちゃだな。もう少し詳しいログが欲しいな」
「はい。僕たちも、そう考えて、今、間にルータを挟んで、パケットも記憶するようにしました」
「わかった。ハッキングの予兆だと思うから、暫くは除外する方法で対処しよう。それでも、止まらない場合はカウンターアタックを考えよう」
『はい!』
ハッキングにしてはツールだよりになっている気がする。偶然なのか?それとも、