第一話 学校からの依頼
ユウキと住み始めて2ヶ月が経過した。
委託された業務は、サーバの監視業務だ。だが、面倒なことに監視内容が多岐に渡っている。死活確認だけではなく、レスポンス確認や月に一度の脆弱性の確認まで含まれる。報告書にまとめて、月一回の作業報告として提出する。正直、月10万では割に合わない。回線代と電気代と
そう言えばユウキは、オヤジの事を、克己パパと呼んで、オフクロの事を、沙菜ママと呼ぶようになった?なにか、気持ちの変化があったのだろうか?
違和感も無いし間違っていないから別に良いけど、なんだか釈然としない。美和さん辺りの入れ知恵か?
秘密基地にいても、着信がわかる仕組みを作った。丁度、授業でBluetoothのモジュールを使った電子機器を作成した。試しに先生に聞いたら、Bluetoothで受信した内容をIPネットワークに流すキットが売っていると言われて、取り寄せた。作って成形したケースに入れて、使っているが問題は発生していない。着信が来ると、UDPで着信を知らせる情報を流すようにした。
俺のスマホにかかってくる電話で即座に出る必要がある着信は無い。出たほうが良いのは、ユウキの着信くらいだが、ユウキはSkypeで連絡をしてくる。俺が秘密基地にいても、すぐに応答するからだ。
風呂に一緒に入る事と、夜一緒に寝る事以外は、俺の生活はビックリするくらい変わらなかった。
休日に、二人で出かけるのも今までにもあった。回数が増えたくらいで違いはない。ユウキが俺の腕を取るのを覚えたくらいだが、それも大した違いではない。
ユウキには、指輪を送った。学校は、実習に邪魔にならなければアクセサリー程度なら問題にはしない。俺も、お揃いの指輪をしている。左手の薬指だが、誰からも突っ込まれなかった。ユウキは、自分から友達に自慢したそうだが、”今更”と言われたようで、帰ってきてプリプリ怒っていた。
ユウキは、部活の助っ人を止めた。獣医になるための勉強を始めた。美和さんの知り合いの弁護士から、動物病院を紹介してもらってバイトに行くようになった。
ユウキの生活が激変したが、ユウキは俺と一緒に居る時間を削らない方法を考えた。
「ユウキ。別に部活の助っ人まで止めなくても良かったぞ?」
「うーん。そもそも、本大会には出られないし、僕が出られるのは練習試合だけだから・・・。今は、動物病院のバイトに行きたい!それに、タクミの手伝いもしたい」
「ユウキが、それでいいなら・・・」
「うん。ありがとう」
俺も、未来さんの手伝いは継続している。
お金の話もしっかりとした。
まだ家の電気代や水道代やガス代の平均値が出せないけど、おおよその見当が付いてきた。10万を生活費にまわして、お互いのバイト代はお互いで使う事にした。足りなくなったらお互いに申告するという簡単な取り決めだが、十分だろう。
今日は、ユウキは動物病院でのバイトがあると言っていた。夕ご飯も向こうで食べてくるらしい。
今日は、帰って作りかけのアプリでも作ろうかな?
自転車に跨がろうとしたときに、声をかけられた。
「篠崎くん!篠崎くん!」
俺が振り向くと、電子科の先生が俺に近づいてきていた。
「よかった。まだ学校にいてくれましたね」
「はぁ?どうしました?俺、なにかしました?」
「なにかしたのですか?」
「いえ、先生に呼び止められるような事実はないと思います」
「そうですね。今から少しだけ時間はありますか?1時間はかからないと思います」
「わかりました。連絡だけ入れさせてください」
「はい。電子科の教員室に来てください」
「はい」
先生が移動した背中を見ながら自転車を元の場所に戻す。
それから、スマホを取り出してユウキにメールで知らせておく。
電子科の教員室に移動すると、数名の生徒と数名の先生が居た。
俺に視線が集中するが、電子科の生徒ではないようだ。バッチの色が違う。バラバラだから、何かしらの部活かなにかなのだろう。女子生徒も居る。男女混合の部活だろうから、文化系なのだろう。
「篠崎くん。ここにお願いします」
先生の横の椅子に座った。
数名の生徒からは嫌な目線を向けられる。長くなりそうだ。
「まずは・・・」
電子科の先生が説明してくれた感じでは、パソコン倶楽部とかいう部活が県主催の”ハッキング大会”に出場するのだが、参加してくれないかという依頼だ。
参加は丁重にお断りした。
電子科の先生は、俺が断るのが解っていたようだ。
「篠崎くん。理由を聞いてもいいですか?」
顧問は断られるとは思っていなかったようで、理由を聞いてきた。
「理由ですか?」
「はい。君にとっても悪い話ではないと思いますが?」
「そうですね。個人戦なら、参加も考えますが、団体戦では、参加の意義が見いだせません」
「それは、君が技術的に得る物がないと思っているのですか?」
「篠崎!貴様。俺たちをバカにするのか?」
「はぁ・・・。こういう反応が嫌なのです。技術云々は、どうとでもなると思っています。競技ルールが決められているのでしょう?何でもありのハッキングでは無いのでしょ?」
先生を見てから、連れてこられている生徒を見る。俺を怒鳴った奴はふてくされている。
「わからないようなので、はっきりいいます。興味がまったく湧きません。それに、レギュレーションを読むと大会はキャンプ式ですよね?2泊3日ですか?その間は、拘束されるのですよね?業務として考えると、10万相当の仕事です。講演会とかなら、それこそ20万から交渉しますよ?」
皆が黙ってしまう。
極めて当然の反応だ。実際に仕事として考えていないのだ。当然だろう。先生方も、甘く考えているのだ。
「おい!篠崎。貴様。それだけの金を払えば確実に入賞できるのか?!」
「はぁ?俺は、拘束に対しての対価を伝えただけだ。競技に勝つか負けるかなんて興味が無いと言っているだろう?」
「だから何が言いたい!」
「そもそも、なんで決められたルールでハッキングを競うのですか?」
俺は、煩い男子を無視して、顧問の先生に質問をする。
「それは、IoTで、世間がデータ・セキュリティに敏感になっています。在学中からセキュリティ意識を持って、情報社会を乗り越えるためです」
思わず拍手をしてしまいそうになる。
ヘドが出る。
「そうですか・・・。やはり、俺には合いません」
「だから、なぜですか?教えてもらえたら嬉しいのだけど?」
「先生の言っている事は立派です。えぇ間違っていません。でも、俺には意味が無い物としか思えません」
「それは?」
「ハッキングなんて実際には小手先の技だからです」
「え?」
皆の顔が”?”が浮き出ているかのように感じる。
「別に、ハッキングやクラッキングが無駄な技術だとは思っていません。侵入や情報を盗み出す方法を知るのも対策を取るのも必要だと思います」
「なら!」
「先生。警察内部の情報を盗んだり改竄したり出来ると思いますか?」
「え?無理だ」
「ですよね。でも、警察官個人がターゲットならどうです?」
「可能性はある」
「そうです。今の話のように、”出来る””出来ない”的な議論になるのが性に合わないのです。警察内部のデータが欲しければ、警察官を買収したり、脅迫したりする方が簡単です。企業体も同じです。もっと、直接的な手法を取るなら、物理的に盗み出してしまえばいいのです」
「それは・・・」
「違うとは言わせませんよ。情報漏えいの殆どが、社員が盗み出して漏洩させたり、うっかりミスで公開されてしまったり、許可されていないのにパソコンやUSBメモリやHDDを持ち出して置き忘れたり、ヒューマンエラーです。そして、Webサイトの改竄や乗っ取りは、決まりきったBOTやウィルスの仕業です。狙われて、情報を盗まれたなんて例は多分1%にも満たないでしょう。そんな事の為に時間を使うなら、ヒューマンエラーを無くす方法を考えたり、BOTやウィルス対策の為の情報を収集したり、より意味があるセキュリティ対策を考えます」
皆が黙ってしまうのがわかる。反論を期待したわけではないが、ここまで黙られるとは思わなかった。
先生にしても、”大会”への出場が目的なら、俺は必要ないだろう。部員数が足りていないとかならわかるが、レギュレーションを読めば違うのはわかる。そうなると、目的は上位入賞なのだろう。煩い男子が先程言っていた”入賞”が目的だろう。
電子科の先生が手を叩いて、場の視線を独占する。
「篠崎くん。君の考えはわかりました。それでは、どうでしょう・・・。私と顧問の先生から、依頼という形では?」
「依頼ですか?大会への参加はお断りします。どう考えても、コミュニケーションが取れません」
「違います。篠崎くんには、提案してほしいのです。電子科と情報科の有志をセキュリティ大会に出します。有志たちの底上げをお願いします」
「え?」
「報酬は、1ヶ月食堂の食べ放題でどうですか?」
俺が黙っていると、先生は俺の指輪を見てにっこり笑ってから
「二人分の食べ放題。それで、セキュリティ大会で、パソコン倶楽部の面々よりもいい成績ならプラス一ヶ月。さらに、入賞したら1ヶ月追加でどうでしょう」
「わかりました。その依頼を受けたいと思います。明日、正式な書類を持っていきます。詳しい話は、そのときにお聞きいたします。それでは」
なにか言われそうだったので、話をぶった切って、席を立った。
部屋を出てから、やかましい男子がなにか怒鳴っていたがもう気にしない。最低報酬が2万(自分とユウキの昼飯代×20日)程度、入賞して奴らに勝てれば6万になる。美味しくはないが面白そうだ。