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第4章 カミカゼ疾走

 妖精姫の声が夕闇に響く。
「アキト、斜め左に行って!」
 アキトは視線を移動させ、彼女の意図を正確に察した。
 その方向には、起伏豊かな森林公園が広がっている。
「了解だ。ちょっと荒っぽくなるぜ!」
「重力元素開発機構の歴史の中で、初めて実技テストをパーフェクトでクリアしたという腕をみせてもらえるかしら?」
「・・・はん。奴らとの腕の違いをみせてやるぜ」
 彼女の挑発的な口調の言葉にのせられ、幾つかある遊歩道の中でも、カミカゼが何とか通れそうな狭い道を選んで突っ込んだ。
 張り出した木々の枝で、上からカミカゼを視認できない。
 しかし、水龍カンパニーの最新索敵システムはグリーンユースの捉え、クールグラスに情報を表示していた。
 後ろからトライアングルが1台、横の遊歩道からトライアングルが2台、上空にはオリビーが2台とトライアングルが2台。
 後方のトライアングル1台が轟音と共に沈み、索敵システムから反応が消えた。
「おい、攻撃しなくてもいいだろ。逃げ切ればいいんだ」
「チャンスなのに不意をつかないのは、勝利を放棄するも同然だわ。それに・・・」
 妖精姫が言い終わる前に、レールガンとレーザービームの嵐が森林公園に吹き荒れる。グリーンユースの連中が、闇雲に撃っているようで、様々な場所から着弾音が聴こえてくる。
「彼らから逃げ切れるかしら」
 確かに妖精姫の言う通りだ。
 それにしても、妖精姫は過激な性格をしているようだ。容姿からはとても想像できない。それに昼間に見かけた姿からは、別人のようにしか思えない。
「敵より圧倒的な戦力を持っていれば安心できるけど、今は敵の戦力の方が上。でもね、今なら敵を殲滅できるのよ。このチャンスを逃すべきではないわ」
「チャンスだぁ?」
「私のレーザービームは黒色よ。森林の陰で視認しづらいから、敵は私たちの位置を特定できないわ」
 夕闇に沈んだ森林公園で、黒いレーザービーム光の発射位置を特定するのは難しい。それに、このカミカゼの車体は群青を主とした寒色だから、暗闇に紛れると捜し出すのは困難だろう。
「奴らにも索敵システムがあるかも知れねーぜ。武装してるくらいだ」
 そう、索敵システムがあれば話は別になる。常に厳しい想定をすべきだし、油断は大敵だ。
「旧式のレーダー索敵システムすら搭載してないわ。搭載されているのなら、もう少しまともに攻撃できるんじゃないかしら?」
「そう・・・」
 かもな、と言葉を続けようとした刹那、右後方からレーザービームがアキトの顔の横数センチのところを通り抜けた。そのレーザービームは前方の木の幹に直撃し、大きな音を立てて遊歩道を塞ぐ。
「伏せろぉおおおーー」
 アキトは妖精姫に指示し、倒木を避けるためカミカゼを急上昇させ、遊歩道の頭上を覆う枝の壁を突破。一気に地上10メートルまで小枝や葉っぱと共に舞い上がった。
 森林の上に出現したカミカゼは、レーザー索敵システムを搭載していなくとも、容易に位置を把握される状態になってしまった。
 上下左右後方からレーザービームの光と、レールガンの弾が起こすソニックブームの衝撃波がカミカゼに殺到する。
 アキトは上に下に左へ右へとカミカゼを駆り、森林に突入できないか地形を確認する。
 その間に妖精姫が応戦して、オリビー1台とトライアングル2台を撃墜していた。
 この乱戦状態の中で、的確に攻撃を命中させている。まるでスナイパーが、伏せ撃ち姿勢で精密射撃してるかのようだった。
 しかし、まだ敵はオリビー1台、トライアングル3台残っている。
 そしてカミカゼは、レールガンの弾がフレームを貫通し、レーザー光で右後部のオリハルコンボードが削られていた。
「私のクールグラスにもリンクしてくれないかしら?」
 攻撃の最中に妖精姫はクールグラスを取り出していた。こんな状況でも余裕があるのか、妖精姫は凛とした口調だった。
「使い方は分かるのかい?」
 アキトはリンク処理しながら、妖精姫に尋ねた。
「ユキヒョウでも同じ索敵システムを使用しているから平気だわ」
 水龍カスタムモデルの索敵システムは、レーダーの他に重力波測定装置などの各種測定装置を備えている。それらの測定情報を解析・分析した結果をシンプルかつ必要に応じて詳細に提供する。最近ルリタテハ軍でも採用決定した最新の索敵システムだ。
 その索敵システムを使用しているユキヒョウとは?
 アキトの疑問を口にしようとした。しかし敵の攻撃が、その時間を与えてくれない。
 右斜め上からオリビーの放ったレーザービームが、カミカゼの前部オリハルコンボードを貫通した。
 カミカゼのバランサーシステムに過剰な負荷がかかった所為で、一時的に機能不全となる。
 前に1回転して、カミカゼを立て直したアキトに、妖精姫が指示をだす。
「近くに峡谷があるわ。そこに向かってもらえるかしら」
 グリーンユースの連中の射撃は、相変わらず精度が悪い。しかし、カミカゼを立て直している内に敵との距離が縮まってしまった。至近弾が多くなり脅威を感じる攻撃が増えた。
「そんなとこ行ったら囲まれて狙い撃ちされんぞ」
「大丈夫だわ。左方向よ」
 アキトには、この状況を切り抜けるアイデアが浮かばなかった。
 仕方なく、彼女の確信に満ちた提案にのっかることにする。
「ホントだな。どうなっても知らねーぜ」
 ・・・大丈夫じゃなかった。
 左へと重力と慣性を無視してかの高速ターンを決めたカミカゼを待ち受けていたのは、2台の敵トライアングルだった。峡谷に辿り着くためには、正面からの2台を突破しなければならない。それに左からトライアングル1台、上後方からはオリビーが迫ってきている。
 お題、トレジャーハンティングとは?
 『運と度胸で乗り越えろ』と能面老師が言っていた。
 運と度胸の試し時だぜ。乗り越えてやる。
 妖精姫は正面の2台と派手に撃ち合い、アキトは水龍カスタムモデルを巧みに操り交錯する。
 無傷とはいかなかったが、それはお互い様のようだ。それに正面からの中央突破が功を奏し、同士討ちを恐れた他のマシンからは攻撃がなかった。
 アキトは時速200キロで黒い淵へと沈み込むようにカミカゼを峡谷へと突っ込ませた。
 水龍カスタムモデルの性能は、通常モデルのカミカゼと比較して圧倒的だった。
 オリハルコンボードを撃ち抜かれ、削られ、傷つけられ、変形しても時速200キロを維持できている。またバランサーシステムも、アキトの操縦技術を駆使して限界まで酷使しているのに全く問題なく完全に機能している。
 峡谷の幅は10メートル前後、崖の上から水面までは12、3メートルといったところか。時速200キロで飛行するには狭すぎる。しかも、川は結構蛇行している。要するに峡谷は曲がりくねっていた。
 それでもアキトは速度を落とさない。
 だが、峡谷の上をカミカゼ以上のスピードでグリーンユースのオリビーが追い越していき前方を抑え、上と後方をトライアングルが囲む。
 囲まれてからの脱出方法は、敵の弱い部分を突破する。上のトライアングル2台は比較的弱そうだが、カミカゼ1台よりは敵の方が有利だろう。
 ・・・やっぱり囲まれた。
 峡谷へと導いた本人に、いや、このトラブル自体の元凶に、どういうつもりで峡谷に向かえと告げたのか訊いてみようと振り向く。
 アキトの視線の先には、妖精姫がシートから腰を浮かせて、両手を頭上で交差させている姿があった。
 降参のつもりか?
 今さら降参なんて通用する訳ないだろうが・・・。
 心の叫びを言葉にすべく、アキトは口を開こうとする。
 瞬刻・・・それは起こった。
 カミカゼを中心にして暴風が吹き荒れたのだ。
 風を操っている?
 妖精姫は、本当に妖精なのか?
 しかし、彼女の行いは妖精姫という可愛いものではなかった。
 暴風に巻き込まれ姿勢を保とうとしているオリビーとトライアングルを、両腕のレーザーで容赦なく破壊したのだ。
「さすがに・・・ひでーんじゃねーか」
「大丈夫じゃないかしら。当たり所が良ければ・・・」
「おいっ・・・」
 当たり所が悪かったらどうするんだ、と続けられなかった。
 人が空から降ってきたからだ。
 落ちてきた男は、ハンドルと前部オリハルコンボードの間に腹ばいで、張り付いた。
 フレームから軋むような嫌な音が鳴り、カミカゼが左右に揺れるという、今までにない挙動をとった。咄嗟にルーラーリングを通して制動させたが、バランサーシステムの不具合だろうか? アキトの背筋に悪寒が走る。
 その悪寒を振り払うように、左手でハンドル越しに男の後ろ襟首を掴んで引き起こした。
 男は自称170センチだった。
「ようタクマ。グリーンユースは、なんだって武装なんかしてんだ?」
 アキトは後ろ襟首から右手で胸倉を掴むのに変更し、タクマを睨みつけ尋ねた。
「アキト、オレら友達だろ」
「だったな」
「落とさないよな?」
「なんで武装してんだ?」
「し、知らねー」
「本当かしら?」
 アキトは声のした後方に視線だけ送る。
 星明りが夕闇を後退させ、瞬く星の輝きに照らし出された妖精姫が皮肉な笑みを浮かべている。そんな表情をさせても、彼女の美しさは損なわれない。寧ろ妖しい魅力に彩られているようだ。
 妖精姫とは対照的に、タクマは真剣な表情で訴える。
「ホ、ホントなんだ。ホントに知らないんだ。強制的されたんだよ。全マシンが武装させられたんだ」
「でっ?」
 アキトが冷徹な視線を投げ発言を促した。
 タクマは喉を鳴らしてから、舌が張り付いたかのような舌足らずで喋った。
「きょ、拒否権はないって・・・グリーンスターの全マシンが武装したんだ」
「ほうー。その武装をテメーらは積極的に使ったと? このオレに対してな」
 嘘は許さないとの意志を込めて、アキトは確認した。
「そう・・・みたい、かなー?」
 タクマは必死に考えを巡らせているようで、視線が定まらず、全体的に落ち着きがない。
 もう得られる情報はないだろう。
 アキトはタクマに興味を失い、グリーンユースとの戦闘をどう処理するか考える始める。正当防衛の域を完全に踏み越えているから、ヒメシロの警察に説明したところで無罪放免とはいかない。
 とりあえず時間稼ぎのため、妖精姫に質問がないか訊いてみる。
「なんかあっか?」
「どこで? なんのために? その武器を使用するつもりかしら?」
「し、知らねー。ホントなんだ。何にも教えてもらってねーんだよ」
 マシンの改造目的も知らされず、それを推理するだけの知能もない。自称170センチはホントに下っ端なんだな、とアキトは嘆息する。
 そして、タクマの処理方法を決定するための前提条件を確かめる。
「そういえば、テメー泳ぎは得意だって言ってたよな?」
「・・・えっ?」
 アキトの一睨みで、タクマの舌が高速で回転し始める。
「お、おう。学生んとき、3年連続で、自由形のヒメシロ代表になったんだ。ルリタテハ全学生競技大会で8位に入賞したことある。ウチに入賞した時の楯もある。泳ぎなら自信あるんだ・・・そ、それで、何すればいいんだ?」
 アキトは無言で、峡谷に流れる川へと視線を落とす。
「・・・ウソだよな? 落とさないよな」
「ムーリーー」
 アキトは胸倉を掴んでいた右腕を引っ張ってタクマの重心を崩し、左掌をアッパー気味にタクマの水月に押し当てて放り投げた。
「そーだよねぇーーーーー」
 ドップラー効果のきいた声に続き、派手な水音の響く。
 音が夜の闇に溶けていき、ようやく静かな、いつもの峡谷の姿を取り戻した。
「さて、と・・・教えてくんねーかな? アンタの正体と、なんでグリーンユースとトラブッたとかを、な」
 アキトはクールグラスを外し、シートに後ろ向きで座り直し妖精姫に正対して訊いた。
 彼女は、形の良い顎に右の人差し指をあてて呟く。
「うーん・・・。もういいかな」
 話が通じないのか? 困った人なのか?
 まあ、困った人であるのは間違いないが・・・。
 ともかく話を進めてみる。
「・・・何が、いいんだ?」
 彼女は手早く銃を鞄に仕舞うと、コネクトを取り出し左腕のルーラーリングに取り付ける。
 ルーラーリングとコネクトは一目で特別製であることがわかる。それに両方とも、精緻な見たこともない紋章が彫ってある。
 妖精姫はコネクトの表面に指を優美に滑らせる。
「もういいわ」
「だから、何がもういいんだ?」
「このトライアングルは何かしら? 水龍カンパニーでカスタマイズされているように見えるわ」
「おいっ! 会話になってねーぜ」
「新しいのをプレゼントするわ」
 アキトは、突然の申し出にフリーズした。
 カミカゼの状態はあまりにも悪かった。破損や傷はまだいいが、オリハルコンボードに穴が開いていたり、車体とオリハルコンボードを接続しているフレームは変形している。修理可能か分からない。
 たとえ妖精姫に、金に汚いと幻滅されようとも、ここは全力で、その方向にのっかることを決心する。
「カミカゼ水龍カスタムモデルだ。今日水龍カンパニーヒメシロ支店で購入したばかりだったんだぜ。こんな状態じゃ修理しても、まともに動かないかもしれねーしな。新しいのをプレゼントしてもらえるならありがてーぜ」
 新しいカミカゼ水龍カスタムモデルをプレゼントしてもらえるなら、すこしは妖精姫をフォローすべきかと、アキトはグリーンユースの話題を持ち出す。
「それと話は別なんだが、グリーンユースとなんかあったのか? あそこには知り合いが何人もいる。仲裁できるかもしれねーぜ」
「それはいいわ・・・。それと楽しかったわ、アキト」
 妖精姫は突然シートの上に立ち上がった。
「はっ? 何やってん・・・」
「またね」
 そう言うと、妖精姫は軽く後ろにジャンプした。
「お、おいっ」
 アキトは慌てて手を差し伸べたが間に合わない。
 しかし、アキトの予想に反して妖精姫は宙に浮く。いや、浮くだけでなく上昇していた。そして、カミカゼから10メートルほど上で、停止した。
 人が宙に浮くのは珍しい情景ではない。
 今、アキトもカミカゼにのって宙に浮いている状態だし、簡易浮遊移動盤などは、全てのビルに設置されているといっていい。
 しかし、それにはオリハルコン合金が、それなりの量必要になる。
 それなのに、妖精姫は手にレーザー銃を入れたバッグを持っているだけだった。
 不意に風切音がアキトの耳に届いた。そう認識した次の刹那、妖精姫のすぐ横に1台のオリビーが停止する。
 油断していた。
 グリーンユースは全滅したと思い込みクールグラスを外した。しかも見通しの悪い峡谷から出なかった。
 助けようと、即座にカミカゼを浮上させる。だが妖精姫は、落ち着いた様子で浮遊しているオリビーへと乗り込んだ。
 オリビーが妖精姫の味方とは判断できたが、このまま帰す訳にはいかない。
「ちょっと、まて! この惨状、ほっとけねーだろ。警察に・・・」
 小競り合いの追走劇から銃の撃ち合いになった時点で、警察に通報すべきだった。そうすれば、少なくともアキトはお咎めなしになったはずだが、この状態では既に遅い。
 グリーンユースはケガ人多数。森林公園は酷い惨状。そして何台ものトライアングルとオリビーが、彼方此方で大破して転がっている。
「大丈夫だわ。ねっ?」
 妖精姫は台詞の前半をアキトに、後半をオリビーの運転席に向かってだ。
「どこかだ? なんで、そう思える?」
 オリビーの運転席から、すぐさま反応がある。
「大丈夫よ」
 女性の声だった。
「いや、だから、どっからそんな自信が・・・・・・・」
 アキトの台詞の途中で、オリビーはカミカゼ水龍カスタムモデルをも上回る加速性能で去っていった。
「・・・湧いてくんだ? ・・・そうだ・・・。新しいカミカゼ水龍カスタムモデル・・・」
 唖然・・・。
「もう知るか!!」
 アキトは言い捨てて、カミカゼを最大加速で走らせた。
 ヒメシロ市街まで約7キロの地点でカミカゼが停止した。
 引き渡されてから6時間しか経っていないのに、カミカゼを廃マシンとしてしまったのだ・・・。
 稼働していたことが奇跡的だったのだろう。どうせなら、ホテルまでもってくれれば良かったのにと思わずにはいられなかった。
 直線距離はたったの7キロだが、真っ直ぐな道がある訳ではない。
 妖精姫の事は置いておくとして、人間は空を飛べない。
 アキトは歩きやすい場所を選んだが、川を渡り、丘を越え、森を抜け、岩山を登る。
 ホテルに辿り着いた時は、12時を過ぎていた。
 疲れでシャワーを浴びる気力もなく、アキトは埃だらけの服を着たままベッドへと倒れこみ、眠りについた。

 陽の光がアキトの横顔と黒髪を容赦なく降り注ぐ。何度か寝返りをうって、顔に突き刺さる陽射しに耐えていたが、髪に溜まった熱量が我慢の限界に達した。
 ベッドの上で上半身を起こす。
 微睡みからアキトの神経を覚醒させたのは、陽射しの熱でも汗でもなかった。
 それは、体の痛みだった。
 全身の筋肉が悲鳴をあげている。
 昼までホテルの部屋でゆったり過ごし、スペースステーション行きシャトルに乗る前に、情報収集のため喫茶店”サラ”に立ち寄った。
 しかしアキトは店に入らず、開けたドアをゆっくり閉めようとする。
 2人の台詞がそのまま立ち去ることを許してくれなかった。
「いらっしゃい、アキト君」
「ふっはっはっははーーー。待っていたぞ、アキトよ!」
 沙羅の持っている丸トレイが、縦にゴウの頭に突き刺さる。
「うるさいわよ、ゴウ君」
 あのゴウが頭を抱えて痛みに堪えている。
 音からして、かなりの衝撃だったのがわかる。
 ゴウと同じくカウンターに座っていた千沙が、普段からは予想もつかない素早さでアキトの隣まできて腕を絡めた。そして千沙より奥に座っていた翔太が、モデルか役者のようにアキトの前にきて両腕を大きく広げる。
「我が永遠の友よ。君のお宝屋への帰還を歓迎するよ」
「ここは喫茶店サラだぜ」
 アキトの突っ込みにもめげず、翔太は両腕を広げたままだ。
「僕たち4人がいる場所。そこがお宝屋さ。さあ」
 両手を、来いと言わんばかりに動かしている。
 それを無視していると、後ろからゴウがやってきて翔太を押しのけ、アキトの前に立った。
「まずは、久しぶりの再会を祝して、お宝屋一本締めをしよう」
「やだよ。恥ずかしいよ、ゴウにぃ」
「何を言ってるんだ、千沙。新しい仲間が増えるたびに、お宝屋一本締めをするのが、我がお宝屋の伝統だ!」
 翔太がライトブラウンの髪を右手で整え、ゴウの肩に左手を置く。
「まあまあ、ゴウにぃ。お宝屋一本締めに関しては僕も反対するよ。それにアキトは新しい仲間じゃない。今も僕たちの仲間に変わりないよ」
「まてまて、まてー」
「いやいや、アキト。君の言いたいことはわかる。ゴウ兄は嬉しさのあまり、お宝屋一本締めを提案したんだよ。君の心が僕たちから片時も離れていないことは、何も言わずとも僕には解っている」
「そうだよ、アキトくん。きっと来てくれるって信じてたの」
「翔太よ。お宝屋一本締めは祝い事の時にもする伝統だ。さあ、やるぞ」
「いやいや、お宝屋一本締めを始めたのはゴウにぃじゃないか。伝統にまでなっていないよ」
「えぇー。そうなのゴウにぃ?」
「・・・どうしてそう思う?」
「オヤジと母さんに訊いたらさ。お宝屋一本締めを知らないってたからだよ」
「続けることが伝統へと昇華されるんだ」
「やめようよ、ゴウにぃ。あたしとアキトくんの子供にそんな伝統引継ぎたくないもの」
「そうそう、アキト。今度はどの星系にしようか?」
「い・い・か・ら、オレの話をきけ」
 アキトは大声で叫び、宝屋三兄弟の面白劇場を止めた。そこに沙羅が般若の形相で、4人に営業用から少し外れた声でお願いする。
「私の話も聞いてくれる?」

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