地下迷宮
陽が届かぬゆえに冷えた空気に満ちているその場所を、管理者は見回りのために歩く。
見回りといっても、この場所はしばらく放置していたので、来たのは随分と久しぶりのような気がした。とはいえ、流石に自身が創造した世界なので、放置していても内情は把握していたが。
実際のところ、管理者が自ら見回りをする意味は無い。そんなことをせずとも全て把握出来ているのだから。
では、何故わざわざ己が足を使って見回りなどしているのかと言えば、そこに意味はなかった。敢えて言えば、最初の世界で最初にそうしていたので、そのまま何となくやっているだけの惰性である。仮に本当に見回りが必要だったとしても、それ用の管理補佐を創造すればいいだけなのだし。
とにかく、見回りである。半ば散歩のようになってはいるが、見回りである。
現在管理者が歩いているのは、居住区画から少し離れた場所に在る地下迷宮。ダンジョンクリエーターに任せた地下迷宮は、すっかり様変わりしていた。
「………………」
管理者は整えられた奇麗な通路を歩きながら、周囲に目を向ける。そこは不思議な空間だった。
真っ直ぐに伸びた通路はどれだけ見渡してみても光源になりそうな物はないというのに、何故だか通路中に光が満ちている。空間全てが明るくなっているからか、管理者の影が出来ていない。この辺りはこの場を満たしている力の影響だろう。
ダンジョンクリエーターは現在主に地下迷宮の管理をしているので、ダンジョンマスターと呼ぶ方が相応しいかもしれない。そのダンジョンマスターが使用する力の源を管理者は地下迷宮内に満たしておいたので、それを利用したのだろう。
そこまで考え、管理者は最近やってきた少年と少女を思い出す。
二人がここに挑戦するのは無謀だが、それでも多少は特殊な力を扱えるようだった。魔蟲などの魔物も同様なので、管理者はそういった特殊な力を使える者が力を使えるように、同じ力をこの世界にも満たしておくべきだろうかと考える。現状では、その者が体内で精製している力だけしか使用できず、またその力の回復も遅い。
そうなると、本来そうした力を使う事を前提の存在は大いに困ってしまう。本来の力が発揮できずに死滅してしまうなんて事もあり得るだろう。
それはそれで独自の生態系の形成の一助となるかもしれないが、あのただでさえ非力な少年少女を思えば、多少は力の行使が出来た方がいいのかもしれない。
しかし、ここで問題になるのが、様々な世界からこの世界に流れ着いているという事だ。それは即ち、様々な法則が入り混じっているという事なのだから。
特殊な力はその最たるもので、調べてみると、基は同じだったはずなのに、用い方は世界によって微妙に異なっているようだった。
だが、だからといって諦める訳にはいかない。管理者の手に掛かれば、その程度は何とかなるものだから。
管理者は少し考え、使用する際にそれぞれの法則の下で形を変える万能の力を地下迷宮の外に追加しておいた。これは力を行使する者が居なければ何の意味も無い力なので、生態系に影響は及ぼさない。もっとも、追加した範囲は漂着物を集めた一角内だけだが。
地下迷宮内はどうしようかと考え、今後ここを攻略する者が来るかもしれないと思い、そのためにも地下迷宮内の力もその万能の力に変えておく事にした。
そうした事をしていると、通路の奥からカチャカチャと音を立ててやって来る者達を発見する。それは端的に言えば動く骨。だが、その動く骨は人の骨格をしているので、まず創られた存在だろう。先日やってきた少年と少女以外に人はまだ来ていないのだから。
もっとも、この地下迷宮は本来王族の墓なので、棺の中に骨が入っていてもおかしくはない。ただ、それでも事前に確認していたのは三体分ほどだけだったので、管理者の方へとやって来る骸骨が五人組なのを考えれば、やはり創られた存在なのだろう。少なくとも二体は確実に。
管理者はその動く骸骨を気にする事なく奥へと進む。
骸骨達も管理者に対して何かするという事もなく、隊列を組んで管理者の横を過ぎていく。
もっとも、それは当然で、ここを管理しているダンジョンマスターは管理者の下についているので、そのダンジョンマスターが生み出した存在もその意思に従い、管理者を侵入者とみなす事はしない。まぁ、骸骨は敵対しないというだけで、それ以上の敬うなどの知能は存在していないようだが。
ただ地下迷宮内を徘徊しているだけという骸骨だが、一応ここの侵入者にとっては敵となる。今し方すれ違った骸骨はただの歩く骸骨であったが、地下迷宮内には他にも武装した骸骨も存在している。そちらの骸骨はそこそこ手強い。
ちなみに、管理者がすれ違った普通の骸骨一体相手でも、先日来た少年と少女には勝ち目がない。普通の骸骨は世界によっては弱いのだが、ここの骸骨は外の魔蟲よりも強かったりする。見た目はただの骨なのに。
そんな相手と何組もすれ違いながら、管理者は先へ先へと進む。ただでさえ広かった地下迷宮は、今は更に広大になっているので、邪魔されなくともそう簡単に最奥には辿り着けない。
「………………」
管理者はその広大な地下迷宮の全容をしっかりと把握している。一層の広さは漂着物を集めている一角には及ばないが、それが何層にも分かれているので、それら全てを合わせれば、漂着物を集めている一角よりも何倍も広い。
どうやらダンジョンマスターは限定的ながらも、力を使って空間にまで干渉しているよう。敵が居なくとも、これを踏破するだけでどれだけ掛かる事か。
この、どう考えても攻略させる気がないと思える広大な地下迷宮だが、どうもそうではないらしく、各階層には飲める水が湧き出している場所や、その近くには食べられる植物や茸、そのままでも食べられる木の実を付ける木などが用意されている。
この空間で敵を倒すと消滅してしまうのだが、中には普通の動物同様に消えずに肉を食べる事が出来る存在も居るようだ。
何故侵入者相手にそれほどまでに新設設計になっているのかといえば、このダンジョンマスターを創造した管理者、つまりはダンジョンマスターの元居た世界の管理者だが、その管理者が遊戯の一環として創造したのがダンジョンマスターだからのようだ。
管理者がその世界を調べたところ、その世界はそこの管理者が楽しむためだけの遊技場として整えられていた。
世界には様々な形が在り、それもまた個性なのだろう。そんな私的な世界だろうとも、管理者は何も言わない。これに関しては創造主の管轄だと思っている。それによって管理者に迷惑が掛かるというのであれば、問答無用で消すのだが。
とはいえ、ダンジョンマスターのような漂流物はその管理者の責任ではない。管理者としては、これに関しても創造主の管轄に入ると思っている。今のところはまだ許容範囲内なので、管理者も渋々なれど受け入れてはいるが。
何はともあれそういう訳で、内情はともかくとして、攻略可能というのが大前提にこの地下迷宮は構築されているようだ。
しかし、仮に道を知っていて敵が出なくとも、この広大な地下迷宮の最奥部に到達するまでには何ヵ月必要なのか。それでいながら、今後も拡張していくと思うと、大前提はどうあれ、実際には攻略不可能な気がした。
「………………」
管理者は黙々と奥へと進む。下れば下るほど出てくる存在の力が増していくが、管理者には関係ない。それに、力が増すほどに知能も増すようで、中にはすれ違う管理者に対して頭を垂れる存在も現れるほど。
階層によっては奇麗な湖が在ったり、鬱蒼と生い茂る密林が在ったりと様々。徘徊している存在もまだ漂着していないモノがほとんどで、見ているだけでも面白かった。
そうして到着した最奥部。観光気分で急いでいなかったとはいえ、管理者でもそこまでに三日ほど要した。
地下迷宮最奥部には、元の世界へと帰還できる木枠のみの扉が設置されている。近づくと元の世界に帰されるのだが、未だにダンジョンマスターが無事なところを見るに、直接触れない限りは大丈夫そうだ。だからといって、漂着した地下迷宮内に設置し直すつもりはないが。
「………………」
最奥部に足を踏み入れた管理者は、木枠の変化に足を止めて確認する。
預ける前は普通の家にでも設置してそうな大きさの扉だったはずなのだが、今では何処かの都市の門ぐらいの大きさまで巨大化していた。まぁ、それでもまだ外枠だけなのだが。
とはいえ、大きくなりはしたが機能は同じようなので、問題はない。元々創造主に押しつけられた代物でしかないので、世界に対して害が無ければどうだっていいのだが。
ダンジョンマスターの方も、少し見ない間に随分と巨大化していた。当初は可愛らしいと形容できるぐらいの大きさだったのだが、今では見上げるほどに巨大になっている。流石にヴァーシャルほどの大きさではないにせよ、見た目は巨大なミミズなので、人によっては生理的嫌悪感を抱きそうだ。
そんなダンジョンマスターが、壁の中から顔を出している。どうやら普段は壁の中で暮らしているらしい。
軽く近況について聞いた後、不便も無さそうだったので、引き続き地下迷宮の管理を任せる。
ダンジョンマスターとの挨拶を終えると、見るものも見たので、管理者は踵を返して地上へと戻る事にした。