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第三十一話 帝国の子供たち


 ヤスは、会議の終わりを告げてから回線を遮断した。

「旦那様。関所の森の帝国側に関してのご報告があります」

「あぁセバスの眷属も参加していたのだったな」

「はい」

「こちらの犠牲は?」

「ありません。怪我を追ったものがいましたが、旦那さんの指示を優先させ、一人の犠牲も出しておりません」

「それは重畳。それで?」

「はい・・・」

 話は、10日前のマルスの報告から始まった。
---

『マスター。関所の森に侵入者です』

「帝国側か?」

『はい』

「何度目だ?」

『6度目です』

「奴らは馬鹿なのか?違うな。損失を補填しようとして、大きな勝負に出て負け続けているだけだな」

『今回は、どうしますか?』

「今回も子供を連れているのか?」

『いえ、子供はいません』

「そろそろ、飽きてきたな・・・。有益な情報ももう無いだろう」

『はい』

「セバス。眷属を率いて、愚か者を殲滅してこい。ついでに、(フェンリル)たちも連れて行け、運動不足だろう?運動になるかわからないが、狩りをさせてこい」

「はっ」

 セバスが恭しく頭を下げる。
 ヤスからの殲滅の命令だ。セバスや、念話で指示を受けた、魔物たちは歓喜で満たされた。

「マルス。相手の数は?」

『200名ほどです。騎士や兵士で構成されています。前回捕らえた、貴族の救出が目的のようです』

「ん?あいつ・・・。死んだよな?」

『はい。神殿の牢獄で、部下だった者に殺されました』

「だよな・・・。鎧や武器は保存しているよな?」

『はい』

「餌にしろ、それから、一人も逃がすな」

『了』

 ヤスの命令を受けて、マルスはヤスに作戦案を提示した。
 兵士たちに、神殿の力でポップさせた魔物を当てて、徐々に奥地に引っ張っていって、セバスたちに殲滅させるというよくある作戦だ。

「現場での指揮は、セバスに任せる。ただし、誰一人として死ぬのは許さない。死ぬ前提の作戦は却下だ。死にそうになったら、逃げろ。いいか、絶対に逃げろ。死ぬのは許さない」

「はい。旦那様の御心のままに・・・」

『了』

 マルスが保護した子供はすでに60名を数えている。
 奴隷紋の解除も行われて、神殿の学校施設で保護している。人数が増えたことで、寮の増設を行った。ルーサの所から、数名の女性を寮母として来てもらっている。他にも、リップル子爵家から流れてきた難民も保護をしている。孤児は神殿で受け入れて、家族者や単身の大人はアシュリで保護する方針になった。

 低予算で大量に召喚出来る魔物を使って、ある程度まで帝国の兵たちを関所の森に誘い込む。そのときに、今まで捕獲した連中の武器や防具を置いておくことで、奥に行ったと思わせる細工も忘れない。
 眷属たちが、後方を遮断する。後ろと左右から追い立てるように、湖の方向に追い立てていくのが最初の作戦だ。

 湖近くには、広場を設置してある。追い込んでから、周りを取り囲んで一人も逃さない方法をとる。

 あとは簡単な作業だった。広場から出ようとした者を始末するだけだ。
 最後に残ったのは、帝国の貴族と皇国から来ていた司祭と奴隷商人と数名の護衛だけだ。見苦しくも仲間割れを始めるが、解決にもならない。

 残った20名ほどを捕縛した。
---

「捕らえた奴らは?」

『神殿の独房と牢獄です』

 貴族や司祭や奴隷商人には責任を取ってもらうために生きていてほしいので、独房にいれた。その他は、どうなろうと構わないので、牢獄にいれた。

 神殿の迷宮区に隣接する形で独房が作られている。
 個室になっているが、ヤスが日本の刑務所を思い出して作ったものだ。この世界標準とはかけ離れているが、出られないという一点では同じだと考えられる。
 集団で押し込める場所も作ってあるが、今回は独房に放り込んでいる。事情を聞く必要もないので、緩やかに死んでいくか、苦しんで死んでいくか、簡単に殺してしまうかの選択肢になってくる。

 ヤスは、子供たちに、貴族と司祭と奴隷商人と護衛たちの処遇を任せることにした。

 リーゼとカイルとイチカを伴って子供たちが集まっているカート場に行く。

 奴隷紋を解除したのがリーゼだと知らせていないが、リーゼはカート場の主として知られている。子供たちに自転車の乗り方を教えたり、カートの乗り方を教えたり、レースの楽しさを教えたりしているので人気があるのだ。

「ヤス兄ちゃん!リーゼ姉ちゃん!」

 子供たちが二人に集まってくる。
 レースをしてくれると思っているのだ。

「今日は、君たちに聞きたいことが合ってきた」

「聞きたいこと?」

 代表するように、年長の子が答える。最初に保護された子だ。

「そうだ。君たちを、関所の森に置き去りにした連中を捕らえた。俺の判断で、殺すと決めた。君たちは、そいつらを自分の手で殺したいか?俺に委ねるか聞きたい」

 子供たちは黙ってしまったが、カイルとイチカがヤスとリーゼに向かって頭を下げる。
 二人は、自分たちが長男で長女だという認識がある。

「ヤス兄ちゃん。リーゼ姉ちゃん。俺とイチカで話をさせて欲しい」

「いいが、二人で誘導するなよ?」

「もちろん」「はい。ヤスお兄様。自分たちの手で殺すとした場合にも手助けはしてくれるのですか?」

「もちろんだ」

「捕らえた者たちを見られるのですか?」

「みたいなら見せる」

「名前は?」

「名前は、わからないが、貴族と司祭と奴隷商人と護衛だ」

「ありがとうございます。1時間ほど待ってください。話をまとめます」

「わかった。会議室を使うのなら、ドーリスかミーシャに言えばいい。俺とリーゼは、カート場で待っている」

「はい。ヤスお兄様。リーゼお姉様」

 イチカが二人に頭を下げてから、カイルを連れてカート場を出ていった。
 会議室で話をするようだ。子供の中にもグループが出来ていて、グループの代表が集まって話をするようだ。カイルとイチカは、帝国に関しては部外者だが、子供の代表という立ち位置になっている。

 ヤスとリーゼは、カート場でハンデ戦をしながら待っていた。

「ヤス!僕もかなり速くなったけど、ヤスと何が違うの?なんで、勝てないの?カートが違うの?」

「リーゼ。テクニックだ。カートは何度も変えただろう?リーゼは、ブレーキが下手なのだよ、減速のタイミングやハンドルの切り込み。全部が遅れている。だから、出口で窮屈になる」

「うぅぅ・・・。また負けた。ねぇヤス。ヤスのカートで僕とハンデなしで走ってよ。どの位の差があるのか知りたい」

「いいけど、コースは?」

「カタロニア!」

「いいぞ。何周?」

「うーん。5周くらいで!」

 時間があったので、ヤスはリーゼに付き合った。
 子供の奴隷紋の解除でリーゼに頼りっきりなので、リーゼの願いを叶えているのだ。

 結局レースは、半周以上の差を付けてヤスが勝った。

「ヤス。僕のスマートグラスに今のヤスの走りを表示出来る?」

「出来るぞ?」

「お願い。今のヤスを目標にする」

「わかった」

「あ!兄ちゃんと姉ちゃん。ここに居た!」

 二人を探して、カイルがサーキットにやってきた。
 受付で、誰がどのコースに居るのか解るようになっているので、それを見たのだろう。

「カイル。話はまとまったか?」

「うん。全員が同じ考えだったから、早かった。全員を集めるのに時間がかかったくらいだよ」

「そうか、会議室か?」

「ううん。イチカが話をまとめてくる」

「わかった。工房の執務室で話を聞く」

「うん」

 カイルは一度戻ってイチカと合流してから執務室に行くことになった。リーゼは、ヤスと一緒に執務室に移動する。

「ねぇヤス。どうするの?」

「どうするとは?」

「あの子たちが、復讐を望んだら手助けするの?」

「そのつもりだけど、多分・・・。違う道を選ぶと思うぞ?」

「違う道?」

「多分だけど、彼らは復讐するほど、貴族や司祭を恨んでいない。いや、正確じゃないな。恨むという行為がわからないと思う」

「え?」

 ヤスは、リーゼの顔を見てから、少し話をしようと言いだした。

「リーゼ。リーゼは、オークの肉を食べるよな?」

「もちろん。おいしいよ!」

「魔物のオークは、別に俺たちに食べられる為に生きているわけじゃないよな?」

「当然。オークも私たちを餌として見ているでしょ?」

「そう。そのオークを奴隷化して、大きくなるように、餌を与えていたら、美味しく育つと思わないか?」

「どうだろう?でも、オークは餌も食べられて、大きくなるよね?戦わなくても、お腹がいっぱいになるのなら、いいと思うけど?」

「そうだろう。生まれたときから、人に育てられたオークならそれが当たり前だと思うだろうな」

「そうだね。人はお腹がいっぱいになるまで食べさせてくれるという認識じゃないかな?」

「人に育てられたオークは、大きくなったら、人に殺されて食べられてしまう」

「・・・。うん」

「その反対に、野生のオークは人と戦って負けたら殺されて食べられてしまう」

「そうだね」

「リーゼ。野生のオークが、人に育てられたオークに、『お前たちは人に殺されて食べられてしまう。一緒に逃げよう』と言ったとして信じると思うか?」

「・・・」

「俺は、人に育てられたオークは、人に殺される瞬間まで人を信じて居ると思っている」

「・・・」

「リーゼ。どっちのオークが幸せかな?いつ死ぬかわからないが戦って死ねるオークと、殺される瞬間まで安心できる場所で食事が提供される場所で過ごせるオーク。子供たちは、どっちなのだろうな」

 リーザは、ヤスの顔を見て何も言えなかった。答えを求められているとは思わなかった。
 ただ、先を歩いているヤスの背中を黙って見つめるしか出来なかった。

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