第七話 到着
「夕花。どの辺りを走っている?」
ベッドから起き出した晴海は、勉強をしている夕花に話しかけた。
モニターを見れば、大まかな位置は解るのだが、夕花に聞きたい気分だったのだ。
「先程、海老名サービスエリアを通過した所です」
「そうか、ありがとう。コーヒーが欲しい。濃い目に作ってくれ」
「かしこまりました」
夕花は、お湯を沸かして、ドリップを行う準備を始める。
濃さの調整は、ホテルでやっているので問題にはならない。
10分後に、牛乳をたっぷりといれたコーヒーが出来上がる。夕花は、自分の分も用意して晴海の正面に座る。
「夕花。勉強は?」
「復習は終わりました。実地試験があるものはまだわかりませんが、ペーパー試験だけならなんとかなると思います」
夕花が言っているのは、過去に夕花が取得して、失効してしまったり、再発行のときに試験が必要になったりしている資格だ。
運転免許にもペーパー試験がある。同じ様に、技能が必要になってくる物には、ペーパー試験と実地試験が用意されている。
「そうか、それなら、伊豆に着いたら、遠隔試験が出来る物からやっていこう」
「はい!」
「スケジュールとかも管理しなければ駄目だな・・・。どうしようか?」
「え?私が、管理するものと思っていました。秘書検はそのために再取得するのだと思っていました?」
「え?あっ。そうか、夕花が僕の分も含めてスケジュールを管理してくれれば問題は解決だな。夕花の負担が大きいけど、大丈夫?」
「大丈夫です。私の予定は、試験を除けば、晴海さんと一緒に居るのが仕事です」
「そうだね。伊豆に着いたら、食事の心配も無いし、二人で過ごせばいいよね」
「はい!」
『おくつろぎの所、もうしわけありません。後、数分で足柄サービスエリアに到着します。旧ETCルートを抜けた場所で、トレーラーを停めます。トレーラーで監視カメラに死角が出来る場所です。晴海様。奥様。停まったら脱出をお願いします』
「わかった。礼登は?」
『私は、そのまま、次の足柄インターチェンジで中央高速に戻って、新高速に乗って尾張を目指します。あとは、計画通りにトレーラーを走らせます』
「頼む。伊豆に戻ってくるのだよな?」
『いえ、駿河の船着き場でお待ちしております』
「そうか、船着き場で、この前の答えを聞かせろ」
『はっ。晴海様。奥様。トレーラーが停められる時間は、5分程度です。ドアを開けるのに、3分程度必要ですので動きながら後方のドアを開けます。準備を終えてください』
「わかった。夕花。車に乗るぞ」
「はい。準備は出来ています」
夕花は、礼登からの通話が入った時点で立ち上がって、荷物の確認をしていた。
車から降ろした荷物は少なかったので、すぐに準備は完了した。
「礼登。準備が出来た。いつでも大丈夫だ」
『ロックを外します。揺れますし、車が前後に動くと思います。対応をお願いします』
「わかった」
タイヤのロックが外れる。
晴海と夕花が乗った車がトレーラーの動きにあわせて前後する。
夕花が小さな悲鳴を上げる。トレーラーの後方のドアが開き始める。トレーラーが減速しているのが解る。
晴海は、トレーラーが完全に停まる前に車を動かし始める。
開き始めている後方の扉にタイヤをかける。地面と垂直になってから、アクセスをゆっくりと踏み込みながら車を後退させる。
完全に停止する前に、後方の扉は地面に接触する。晴海は、アクセルを踏み込んで車に勢いを付けて後退させる。
地面とタイヤが接触した感触を確認して、アクセルを踏み込む。
視界が完全にクリアになってから、ハンドルを切って、ギアをバックから一速に入れ直す。
トレーラーの横を抜けて、前に出る。
礼登が、運転席で頭を下げる。夕花も、礼登に向かって頭を下げる。
「晴海さん。このまま、伊豆に向かうのですか?」
「うーん。直接は行かないかな。今日は、どこかで一泊していこう」
晴海の手元には、伊豆の準備状況が伝えられてきている。トレーラーの中で確認した時には、明日の朝には終了しているとなっていた。
「わかりました」
夕花は、情報端末を立ち上げる。
ナビに接続して、ホテル情報を表示させる。少し、悩んでから、ファッションホテルやアミューズメントホテルも地図に表示させる。
ちらっとナビを見た晴海は、夕花の意図がわかって笑いながら指示を出す。
「三島か沼津だけでいいよ。それから、ファッションオテルやアミューズメントホテルは必要ない。夕花が泊まってみたいのなら、そこでもいいよ」
「え?あっ違わないですが、違います」
夕花は、顔を赤くして、晴海の指示に従って、三島と沼津のホテルを表示した。
「その中から、部屋にお風呂が付いている所だけ表示して、できれば温泉がいいかな」
「はい」
「値段は気にしなくていいよ。あと、食事が付いているといいな」
「はい」
「1泊だけだから、今から予約が取れそうな場所で」
「はい」
夕花は、晴海の指示を条件に入れて表示していく
「今、何件?」
「残りは4件です」
「沼津?三島?」
「沼津です」
「ホテルは除外したら?」
「残りは、2件です」
「海に近いのは?」
「翠泉閣という場所です。にごり湯で有名な様です。大浴場がありますが男女時間制の様です」
「しょうがないか、そこに予約を入れて、ナビの設定をお願い」
「わかりました」
晴海は宿を決めた。
追跡者が居たときの対応だ。追跡者はいないと思っているが、足跡を残すために宿に泊まるのだ。
宿までの所要時間が出たが、宿にチェックインするにはまだ時間が早い。
そこで、観光でもと思ったが、そんな気分でもない。
伊豆で過ごす為の日用品を購入しようと決めた。進んだ道を少しだけ戻ることになるが、足柄サービスエリアの近くには、この地域最大のアウトレットモールがある。情報端末での決済にも対応しているので、買い物を行うのには便利だ。晴海の情報端末ではなく、夕花の情報端末で買い物を行った。
服や下着を購入した。ホテルで売っていたような高級品ではなく、学校に行くときに目立たない為の服装だ。靴やバッグも同時に購入した。
買い物をして軽く食事をしてから、宿に向かった。宿の場所までは、1時間程度で到着した。チェックインも夕花が行った。
チェックインのときに、夫婦と書くのに、夕花が照れてしまったのはしょうがないことだろう。
部屋は、晴海の指示した通りの部屋だ。寝室とリビングがあるこの宿でも高い部類の部屋だ。部屋風呂も付いている。
着いて早々に晴海は夕花を風呂に行かせた。大浴場が女子風呂のタイミングだったからだ。恐縮しながら、夕花が部屋を出て大浴場に向かった。
タイミングを見ていたかのように、晴海の情報端末にコールが入った。
「能見か?」
『晴海様。準備が整いました』
「わかった。明日から、しばらくは伊豆で過ごす。動きがあったら教えてくれ」
『かしこまりました。晴海様』
「なんだ?」
『跡継ぎをお願いいたします』
「能見!」
『出過ぎたことだとは解っております。しかし・・・』
「能見!俺は、六条を・・・。そして、六条を取り巻く全てを憎んでいる!俺の代で終わらせる!たとえ、夕花に子供が出来ても、六条は継がせない」
『・・・。お気持ちに変わりは無いのですね』
「ない。
『わかりました。六条を、晴海様を裏切った者を炙り出します』
「それでいい。裏切った家の数だけ、分家や百家から本家に上げるという噂を流せ。情報が出揃ったら、伊豆でお披露目を行う。それまで、伊豆には誰も近づけるな。礼登だけだ。能見。お前も来るな」
『・・・。かしこまりました』
能見からのコールが終了した。準備が整ったと言うのは、伊豆の整備が終了したという意味だ。
駿河に通うための船舶や住居の清掃を含めて、明日から住める状況になったのだ。
晴海は、能見から流れてくる情報に目を通して、承認を行っていく。
当主としての作業も平行して実行している。
晴海の承認作業と伊豆の新居の整備状況の確認は、夕花が浴衣を着て戻ってくるまで続いた。