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第4章:最下層

 リアが辿り着いたのはこれまでの中で最大の空洞だった。幅や奥行きもさることながら高さがずばぬけて高く、噴煙でけぶっているため天井の様子が見て取れないほどだった。
 ここには人の手による加工はおろか、不思議な力による環境の変化も見て取れなかった。ゴルツがいったとおり、小さいながら火山としての特徴をすべて備えた火山が炎を上げていた。天井までの高さの約半分の高さにある火口から天井を舐めるように炎が吹き上げられるたびに、はるかに離れた岩壁に赤と黒の妖しい文様が踊った。
 そして、炎を吹き上げる火口から円錐状の麓へと、あの金色の微かな光が絶え間なく溢れ出て、洞窟の通路の壁を伝い流れていた。力の源は火口の中らしかった。
 炎の中では手出しができない。リアがとまどっていると、突然強大な思念を感じた。
>人の子よ。汝一人いかにしてここまで辿り着いた?<

 これまで先に呼びかけてきた魔物などいなかった。驚くリアの目の前で火口から太い火柱が上がった。その紅蓮の流れの中を、金色に輝きながら泳ぐものがいた。それが光の源だった。
 だが、それ以上は捉えられなかった。真昼の太陽とまがう光に目を開けていられなくなった。リアは痛む目を庇って叫んだ。
「あなたはだれ? 姿を見せて!」
 火柱が縦に裂けた。左右に大きく分かれた二本の炎の間にそれが姿を現した。

 決して大きな体ではなかった。腹が赤、背が緑にきらめく蛇体はせいぜい人の背の三倍から四倍程度、金色にまばゆく輝く翼は翼長が人の背と同じくらい。頭部に至っては大きさだけでなく形までいくらか人間に似ていた。細い顔を無数の触手が取り巻いていて、頭頂に生えた一群の短い触手には赤い眼点が認められた。それ以外のより長い触手は蠢きながらも背に流れていた。
 白い毛に根元を取り巻かれた細い首の下には三本の爪を備えた二本の短い腕を持つ肩が続き、いったんくびれたあと金色の翼の付け根のところで太くなっていたので、その半身は奇妙なまでに女性的な印象を与えた。髪の代わりに蛇を生やした女を想わせる半身に翼の生えた蛇体が続いた小型の竜のような姿だった。
 さほど大きくもなくしかも女性的で細身の姿。しかしその印象とはおよそかけ離れた途方もない力を秘めていることが感じられた。これまで出会った魔物とは比べものにならなかった。しかも少なくとも人間と同等の知性を備えた存在だった。
 そして生命の流れが異質だった。他の魔物たちは人間や動物と同じ理の中に生きていたが、目の前の魔物は炎の力を翼を介してじかに取り込み、形を変えて放出していた。まったく異なる理に生きる存在だった。一見この世の魔物とそうかけ離れた姿ではないものの、本質は見かけ以上に異質な存在であるらしかった。

 これはこの世の外からきたものかもしれない。
 リアの直感がそう告げたとたん、相手が再び思念を放った。
>我の問いかけには答えぬのか? 人の子よ<

「私は人間ではないわ。あなたにはわからない?
 私には、あなたがこの世のものではないように見える。
 あなたには私のことはどう見えるの?」
>我をこの世界のものではないと見たか!<
 驚きを隠さぬ思念が返された。
>ならば汝は確かにただ者ではあるまい。だが我には汝と人間の区別がつかぬ<
 金色の翼を優美に羽ばたかせ、魔物はリアのすぐ上空まで舞い降りた。眼点を持つ触手がのぞき込むように蠢いた。

>確かに汝にはなにか不思議な力を感じる。ただの人間ではないのかもしれぬ。だが二百年前に我と会った者は、はるかに強大な力を持っていた。汝の力とは違っていたかもしれぬが、強さでいえば汝など足元にも及ばぬ力だ。
 それでもかの者は人間だといっていた。おそらくそうだったのだろう。だから我には汝も人間に見える<
「二百年前に出会った者って、まさかアールダ師のこと?」
 リアは叫んだ。
「あなたはアールダ師と話したの?」
>確かにかの者は自分のことをそう呼んでいた<
 どうやら視覚を司るものではないとおぼしき顔面の二つの目のようなものがきらめいた。
>かの者は途方もない力をもっていた。およそ人間という種族の限界をはるかに超えた力を、我と戦って一歩も譲らぬ凄まじい力を。長びくばかりで決着のつかぬ戦いの中で我らは互いに思念を交わせることに気づいた。我はこの世界に漂着して永くたつが、それまで人間と思念を交わすことなど思いもよらなかった<
>かの者は誰にも話せぬ疑念を抱え込んでいた。だから我はこの世界に漂着して以来伝えたことのなかったものを伝えた。それがかの者の疑念に答えるものだったから。その結果、我らは約定を交わすに至ったのだ<

 思いもよらない話に、リアは呆然として聞き入っていた。

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