ゴミ箱の中の天使

　僕(ぼく)どうしてママがいないの？

　僕(ぼく)どうしてここにいるの？

　僕(ぼく)どうして尻尾(しっぽ)がはえてるの？

　ぼく、どうして？？？



その子が生まれたのは、
路地裏(ろじうら)のゴミ箱の中だった。

その子が初めて見たのは、
ゴミ箱の中から見上げた、
焼けるような青空だった。


その子が最初で最後に見上げた空だった。


いつのまにか僕は眠っていた。

その子が見た夢は、
ふわふわの布団の中で、
ママに抱(だ)かれなめられながら眠る
幸せな夢だった。

ママどこにいるの？

どこか遠くで優しい声が聞こえてきた。

「かわいい。
　よしよしいい子いい子」


優しい声に僕が目覚(めざ)めると、
そこは夢の続きがあった。

その子の夢は現実になっていた。


「あっ！目を覚(さ)ました。

　かわいい」


ぼくは、しらない女の人に抱かれ、
背中をなでられていた。

ぼくは、
そのやさしい心地よさに揺(ゆ)られながら、
その人を見上(みあ)げ思った。


ママだ。


ママがむかえに来てくれたんだ。


ぼくは幸せな気分で、
その心地(ここち)よさに目を閉じた。

ママもうどこにも行かないでね。

ママ・・・


それから僕は、
閉(と)じられた箱の中で暮(く)らすようになった。


そこは安全な場所。

温(あたた)かい場所。

お腹いっぱいごはんが食べれる場所。

そこは僕にとって天国だった。

でも夜は嫌(きら)い。

夜はさぴしいから。

ママがいつも夜になるといなくなるから。


一人はさぴしいよ。

怖(こわ)いよ。

苦(くる)しいよ。

寒いよママ(さむいよママ)。


　ママ・・・


でもママは明(あ)くる朝(あさ)には、
まんめんの笑顔であらわれて
ぼくを抱きしめめてくれるんだ。

ぼくはその時ママを見つめていつも言うんだ。

心の中で言うんだ。

もう、どこにも行かないでねママ。

ぼくはその時には、
すっかり不安(ふあん)を忘れ目をつむって、
静かに、その温かさを漂(ただよ)うんだ。

ママ、ずっと側(そば)にいてね。

好きだよママ。

ぼくはママの手をなめて、
ママの香りを心のなかに、
いっぱい、いっぱい吸収(きゅうしゅう)するんだ。

ずっといっしょだよママ。

ママ・・・

そしてゆっくり温かさに包(つつ)まれたまま、
眠りにつく。

ママ・・・

ある日、ママがとっても悲しい顔をして、
ぼくを抱(だ)きしめ言ったんだ。

いつもよりいっぱいいっぱい抱きしめて。

ぼくはしあわせだった。

ずっと求(もと)めてえられなかったものが、
そこにあったから。

それでもママは悲しそうで。

ぼくはママがなんで泣いているのか
わからなくて。

「ごめんねララちゃん。
　ごめんね。ごめんね 」

そう言って泣くママの言葉は、
小さなぼくにはわからなかった。

ただ、しあわせだけがそこにあった。

ママは、ぼくのために泣(な)いてると思った。

ママ、ぼくだいじょうぶだよ。

ぼく、ママのためなら、
どんな痛(いた)いこともがまんするよ。

だから泣(な)かないでママ。

ぼくはママの顔をなめた。

ママ、泣かないでよママ。

ママが泣くと、ぼくも悲しいよママ。

「そろそろ時間だよ」

そう言ってママの後から、
誰かかがたっていた。


「お願(ねが)いです。
　あと一日だけまってもらえませんか？

必(かねら)ず里親(さとおや)を見つけてきます」


「そう言われてもね、規則(きそく)だから。
　その子だけ特別扱(とくべつあつか)いは出来ないんだよ」

二人は何か言い合って、
ママは、ぼくをとても悲しそうに見つめた。


「ごめんねララ。
　ごめんね、ごめんね」

そう言ってぼくをなでてくれるママは、
とっても温かくて、
ぼくはママのためなら何でもすると思った。

ぼくはだいじょうぶだよ。

どんな事でもたえれるよ。

だってずっと欲(ほ)しかったものは、
すべてママがくれたんだから。

だからねママ。

泣かないでママ。

ぼくのために泣かないで。

しあわせだよママ。



　　　　　【保健所殺処分室】
　
　
そう落書(らくが)きされた見知らぬ部屋(へや)に、
僕は入れられていた。

ほかにもたくさんの兄弟(きょうだい)が、
そこにはいれられていた。


ぼくは扉の外で僕を見つめるママに言う。

まだ夜になってないよ？

ママもっと一緒(いっしょ)にいたいよ。

ママ、もっと抱(だ)きしめてよ。

もっと、なでなでされたいよママ。

ママはそんなぼくを見つめ
泣いていた。

ママどうして泣いてるのママ。

泣かないでママ。

ぼく、がまんするよ。

だから泣かないでママ。

そうしてる間に、なんか
あたりの空気が腐(くさ)っていくような
嫌(いや)な臭(にお)いがした。

兄弟達が疲れたように、つぎつぎに倒《たお》れた。

じょじょに息苦(いきぐる)しくなって、
あたりの景色(けしき)が回転(かいてん)を始めて。

それでも僕はまだ休みたくなくて、
ママを見つめ続けた。

苦(くる)しいよママ。

助(たす)けてよママ。

だんだん体から力が抜け寒くなる。

怖(こわ)いよママ。

そばにいてよママ。

ママ・・・

息苦(いきぐる)しくてだんだんと何も考えれなくなる。

全身(ぜんし)を襲(おそ)う痛みも　　　　寒(さむ)さも


だんだん感じなくなってきた


ぼくは薄(うす)れる意識(いしき)の中で、
抱(だ)き上(あ)げられるのを感じた。

ぼくは眠る瞬間、
やさしく僕を抱きあげ
抱きしめてくれるママを見た。


ママは、ぼくを見つめ、
やさしくほほ笑(え)んでいた。


助(たす)けに来てくれたんだママ。

大好きだよママ。

ずっと一緒(いっしょ)だよママ。

ママ、 ママ・・・
　
　
　
　
　　　　　　　　　　　　　　　おしまい