第八十七話 それぞれの第三試験
9時。昨日試験時に着用していた隊服が部屋に置かれており、それに着替えた焔は転送されるのを待つ。
「転送を開始します」
AIからの転送の合図が発せられると、そのまま試験会場に飛ばされた。試験会場はどこかコロシアムのような設備の中であった。続々と受験者が転送されてきた。その中には、サイモン、リンリン、コーネリア、そしてあの少女もいた。
「ちゅーもーく!!」
詮索するのも束の間だった。急に大きな声がその場を支配する。声がしたほうに目を向けると、そこには腕を組んだ総督、そして、その後ろにシンを含めた4人の姿が見て取れた。
総督は、全員の注目が集まったのを確認すると、威厳のある風格を崩すことなく、しゃべり始める。
「御機嫌よう、諸君。一応、現実では始めましてになるかな。私がここの戦闘部隊の総督をしている。シャーロット・グレン・フォルスターだ。では、早速で悪いが、すぐに第三試験についての説明に入らせてもらう。まず、ここにいる者は全員で12名だ。1名は別の選定方法のため、欠席をしている」
総督は咳払いを一回すると、再び説明を続けた。
「今回の第三試験は、君たちが今いるここで戦ってもらう。対戦相手ももうこちらで決めている。そして、対戦する者以外はこの上の観客席へと移動してもらう。武器であるが、体術を使う者は自身の体が武器だ。続いて、武器を扱う者は昨日の第二試験で使ったものをこちらで用意した。違う武器を扱いたい場合は、対戦時に申し出ること。ちなみに、武器は昨日のような性能は持ち合わせていないし、切れもしない。勝敗は体術ならば、相手を戦闘不能に陥れるか、降参させるか。武器を扱う者は、降参させるか、戦闘を続行できない状態にすること、致命傷を与えるような攻撃をすることだ。致命傷かどうかは、私が判断する」
ここで、説明は終わったのか、総督は組んでいた腕を崩す。そして、勢いよく手を前方に伸ばし、開戦の狼煙を上げる。
「それでは、第三試験1回戦目の対戦カードを発表する!」
その言動に受験生たちの緊張感をマックスまで高める。すると、目の前にある大きな蛍光板に対戦する者の名と写真が映し出された。だが、その対戦者の名前を見た時、全員の頭にハテナが浮かんだ。
「ジャン・デイビスvs名無し」
名前もそうだが、それ以上に名無しとなっている人物に、焔、コーネリア、リンリン、サイモンはその驚きを露見させた。
なんと、その名無しとはあの不気味な少女だった。
「どういうことだ……」
そのあまりの事実に焔は言葉を失ってしまった。驚く焔たちをよそに何ともそれが普通のことのように話はどんどん進んでいく。
「では、早速対戦者以外は観客席に移動してもらう。では、AI、頼む」
その言葉を合図に焔たちは再び転送される。転送された先は、先ほどまでいた場所を見下ろす形の観客席に移動させられた。そして、そこからは3人の姿が見て取れた。1人は総督、2人目は蛍光板に映し出されていた男、そしてもう1人は……
焔は下に残っている少女を上から身を乗り出して確認する。服は変わっていたが、その髪と佇まい、そしてあの目は……
「残念ながらあの少女で間違いないようだな」
聞き覚えのある声に、焔は振り向くことなく応じる。
「ああ、まさかこんなサプライズまで用意されているとはな」
「僕はサプライズが好きなほうなんだが、こういうテイストのサプライズは……少々いただけないな」
聞き覚えのある声は、焔の横まで来ると止まり、同じように少女のことを見つめる。
「名無しってどういう事だろう?」
「名前がないってことなんだろうけど……」
会話をしながら、またしても聞き覚えのある声が2つ近づいてくる。そこには食堂で集まるメンバーが1名を除き、集結していた。
「それは……あまりにも……」
コーネリアは辛い表情を見せる。何を考えているのかは他の皆もだいたい察していた。確実に、辛い過去があるに違いない。だが、その少女は名無しと呼ばれているのにも関わらず、それを何とも思っていないため、その辛さが更に冷たく焔たちに突き刺さった。
焔は下で総督から説明を受けている少女から目線を外し、観客席にいる人たちに目を移す。そこで、教官たちに混じるシンを見つける。シンはその視線に気づくと、ニコッと笑い、再び視線を下に移す。
まだその時じゃない……か。
焔は目をつむり、一度この少女に対する感情を心の内へとしまい込んだ。
「ま、今考えたって、どうせ何も解決しないんだ。一旦、このことは置いといて、試験に集中しようぜ」
焔は暗い雰囲気になっているところに笑顔で飛び込む。すると、その気持ちを受け取ったサイモンたちも次第に明るい表情になっていく。
「それもそうネ! 今は試験に集中ネ!」
「ああ、そうだな。それより、レンジ……」
「何だよ?」
サイモンは舐めるように焔の姿を見ると、ニヤニヤしながら、
「その服似合わないな! ぷぷ!!」
「は? んだと、お前こそ……!! チッ!!」
サイモンは罵倒しようとした焔であったが、全然似合っているので、全く反論できなかった。
「本当だな。もう少し身長があれば、様になったんだろうが」
コーネリアにも焔は馬鹿にされた。正直、サイモンよりもコーネリアの方がなぜか腹がった焔は、同じように馬鹿にできる部分を粗探しし始める。
「お前は……胸がないな」
その言葉を聞いたコーネリアは一瞬で顔が赤くなり、怒り、恥ずかしさなどが入り混じった顔を焔に向ける。
「お前は!! どこを見ているんだ!!」
「いやいや、普通女なら見えるものがねえからビックリしたんだよ。大丈夫、もう見ることはないから」
「焔!! お前ー!!」
形勢逆転し、今度は焔が上の立場になる。武器があれば、今にも焔に切りかかりそうな形相を見せるコーネリアであったが、
「レンジ、もうそこまでだ」
サイモンは焔の肩を叩いた。
「サイモン……」
コーネリアはサイモンのことを見直したかのように、今までとは違う眼差しを向ける。だが、それも一瞬の出来事だった。
「レンジよ。貧乳を受け止める度量こそ、真の男だ! コーネリアちゃん、僕は……!!」
「きもい」
コーネリアからの冷たい視線がサイモンに突き刺さる。
「ごめん、サイモン。俺も無理だわ」
「レンジまで!! ひどい!!」
前と同じようにいじけてしまったサイモンだが、今度は誰からの慰めもありはしなかった。
ため息一つはいた後、コーネリアは悲しそうに自身の胸をなでおろす。そんなコーネリアの元に、慰めるべくリンリンが近寄ってくる。
「大丈夫ネ、コーネリアちゃん!! これからネ!! コーネリアちゃんはこれからネ!!」
そう言って、肩を叩き励ましてくれるリンリンであったが、
「あー、そうだね。ありがとー、リンリンちゃん」
その言葉には何の感情も宿っておらず、コーネリアはただただ今、目の前で所狭しと、揺れている胸を見つめていた。
「それでは、これより第三試験1回戦を開始する」
総督の声が、場内に響く。その言葉を聞いた瞬間、皆の視線は下の試合会場へと向けられた。当然、焔たちも注目する。
ジャンは長剣を持っており、名無しと呼ばれる少女は両手に短剣を2つ持っていた。その少女は相変わらず、無表情であったが、ジャンは相当緊張しているようだった。なんせ、相手は無表情で、名無しと呼ばれている得体のしれない少女だからだ。
緊張高まる中、総督は手を前へ伸ばし、対戦者の顔をちらっと数回見ると、
「1回戦……スタート!!」
総督は腕を上へ掲げ、開戦を告げる。
最初に動きを見せたのは、少女からだった。片方の腕をスッと上へと上げると同時に、手に持っていた短剣をジャンの顔めがけて、投げていたのだった。
当然、そのことに気づいたジャンはすかさず顔をそらし、短剣の軌道上から外れる。その短剣に目を奪われていたのはほんの一瞬だった。だが、少女の姿はもうすでにそこにはなかった。
どこへ行ったんだ、とジャンは探すが、その少女は何ともわかりやすい場所にいた。そこはジャンのすぐ下だった。
気づいたころにはもう遅かった。短剣は首に突き付けられており、勝敗はすでに決していた。
「フッ……試合終了! 勝者、名無し!」
試合は決したが、観客席からは何の声も聞こえてこなかった。いや、出せなかったというほうが正確だろう。それほどまでに、あの少女は圧倒的な強さだった。
「アハハ、ここまでとは……」
「すごいネ……」
「さっきの動きはどうやって……」
サイモン、リンリン、コーネリアもそのありえない動きに面食らっていた。焔も同様に驚きはしたが、妙な既視感に襲われた。
一瞬で間合いを詰めるあの動き……まるで……
焔が目を向けた先にはいつもの笑顔を浮かべる猫目の男の姿が映っていた。
似てる……けど、違う。毎日、見てたからわかるけど、あの動きは疾兎行脚じゃない。だとしたら、あれは一体……
更なる疑問に襲われる焔。だが、そんなことは今考えてもわからないと、言い聞かせて、再び飲み込む。試合会場からは2人の姿は消え、観客席へと移っていた。すると、総督から新たな対戦カードの発表があった。
「続いての2回戦の対戦者は……セリーナ・コーネリアvsマルクス・ミラーだ!」
「コーネリアちゃんだ! 頑張るネ! 応援してるヨ!!」
「ありがとう、リンリンちゃん」
リンリンからのエールを笑顔で受け取ると、コーネリアは焔の方へ振り返る。
「焔、あんたとの勝負は次にお預けね。ここで、私との実力の差をしっかり見ておくのね」
「ああ、お前が無様に負ける様をとくと拝ませてもらうよ」
「フッ、それはありえないわね」
自信満々に勝ち宣言をすると、コーネリアは姿を消し、試合会場へと移った。
「さて、おてなみ拝見だな」
焔は不敵な笑みを浮かべながら、コーネリアの実力のほどを見定めようと目線を移す。そんな焔にサイモンは肩を叩く。
「ん? 何だ?」
「なあ、思ったんだけど、茜音ちゃんいなくないか?」
そう言われ、初めて焔は気付いた。観客席に目線を変えると、確かにそこには茜音の姿が見られなかった。
「本当だ。てことは、1人だけ他の選定方法を受けているのって……茜音か?」
「試合終了!! 勝者、セリーナ・コーネリア!!」
そうこうしているうちに一瞬で勝負はついてしまった。視線をすぐに移すもそこには地べたに手をつく相手に細剣を突きつけ、見下げているコーネリアの姿しか映ってなかった。
「すごいネ!! あの剣さばきはまさに芸術ネ!!」
「コーネリアちゃんの美しさが更に際立っていたな」
リンリンはともかく、なぜ話題を振ったサイモンまでコーネリアの試合を見ているんだ、とツッコミたい気持ちを焔はグッと堪えた。そして、頭の中では再び茜音のことを考え出した。
確か、別の選定方法を取るのって、銃を武器に扱う人だったよな。あれ? でも、茜音って、空手だから素手だよな……はぁ?
再び、焔には新たな疑問が頭の中で渦を巻いていた。だが、それは当の茜音も同じであった。転送された場所は何もない電脳世界のような空間だった。だが、それほど広くはなかった。そして、別に何もないわけでもなかった。あるのは、無数の台、そしてその上にはVRゴーグルのようなものと銃であった。
「え? 一体ここは……」
「来たか、野田茜音」
後の方から声が聞こえた。振り返ると、そこにはヴァネッサが壁にもたれて立っていた。
「ヴァネッサさん! ここってどこですか? まるで、射撃場みたいなんですけど」
「そうだ。ここは、私たちが使っている射撃場だ。茜音、お前は銃を持て」
「へ?」
現状が分からずにいる茜音は何を言っているのか分からず、素っ頓狂な声を上げる。だが、茜音を見つめるヴァネッサの目は一切ふざけた様子なく、真剣そのものだった。