第三話 考察
晴海は、夕花が寝ているのを確認してから、部屋のリビングに戻った。
情報端末には、次々と能見に頼んだ仕事が完了した情報が表示されていく。
(流石だな。仕事が早い)
晴海はローテーブルに、キャビネットから取り出したウィスキーを取り出す。キャビネットを探すが、欲しいもう一つの酒が見つからない。
ホテルのルームサービスで、氷とアマレットを注文する。普段は、飲まないが今日くらいはいいだろうと思ったのだ。
すぐに、先程対応したコンシェルジュが氷とアマレットを持ってきた、ロックグラスと短めのバースプーンも持ってきていた。晴海が何をするのか解っているような対応だ。
「ありがとう」
コンシェルジュは何も言わずに頭を下げて扉を閉めた。メジャーカップはなかったが、そこまで厳密に作ろうとは思っていなかったので問題はなかった。
晴海は、ウィスキーとアマレットを三対一になるようにロックグラスに注ぎ、氷を入れてから軽くステアをする。
出来た『ゴッドファーザー』を、窓から街の明かりを見ながら喉に流し込む。
アーモンドの風味が濃厚なウィスキーの香りを交わって、鼻から抜けていく。
「ふぅ・・・(父さん)」
グラスを目の高さまで持ち上げて、ゆっくりとおでこにグラスを当ててから、目を閉じる。
「献杯」
晴海なりの”献杯”なのだ。父親が好きで飲んでいたカクテルだ。本来なら、父親とグラスを合わせたいのだろう。もう実現できない。”形だけでも”と考えたのだ。
残りを、飲み干してから、グラスをローテーブルに置く。連続で飲む気分ではない。
「父さん。すべてが終わったら、もう一度・・・。飲もう。今度は、母さんも一緒だ」
晴海は、能見から送られてくる情報と、コンシェルジュから貰った情報を比べている。
(脱出方法は、用意した。コンシェルジュが敵方に落ちた時を想定して、能見さんにも手配しておこう)
能見にメッセージを送った。すぐに返事があり、ヘリを用意出来ると言われたが、ヘリでは降りる場所が難しくなってしまう。それよりも、ホテルの近くに自動二輪を用意して貰った。晴海も夕花も中型なら乗れる免許を持っている。オートドライブの車なら簡単に振り切れるだろうし、オートドライブを切った車でも逃げ切れる可能性は高い。使わなければ、日常使いの足にすればいいと考えたのだ。
10分後に、能見から準備が完了したとメッセージが到着した。鍵は、両方とも発信素子で認証されているので、晴海と夕花の持っている情報端末が鍵の代わりになる。使わなかった時の対応をメッセージで送信して、ひとまず逃走はなんとかなるだろうと思えた。
(夕花を追っている奴らと、文月に繋がる糸が同じだったとは・・・)
情報端末に着信を知らせるメッセージが表示される。
「能見さん。何かありましたか?」
『愛しの晴海さんが寂しい思いをしているのではないかと思いまして、それと奥様との閨を邪魔して差し上げようと思っただけです』
「・・・。能見さん。戯言を言うだけなら切りますよ。そして、しばらく着信拒否します」
『愛しの晴海さんを、取られてしまった。傷心の私にひどい仕打ちだ。あっ遺産相続の問題は、明日にも終了します』
「能見さん。ありがとうございます。お手数をおかけしました」
『愛しの晴海さんの頼みですから頑張りました。ご褒美は、熱い抱擁でお願いします』
「規定の料金をお支払いいたします。それだけではないでしょ?」
『さすがは、愛しの晴海さん。私の心を解って頂けて嬉しいです』
「能見さん?」
『文月の方々が動き始めています』
「ほう。それは、それは、おじさんもお忙しくしているのですね」
『えぇそうですね。本業を頑張っていただければ嬉しいのですがね』
「切り崩されそうな人は居ますか?」
『本家筋では大丈夫です。全家が、晴海さんに忠誠を誓うと宣言しています』
家として忠誠を誓った。六条に忠誠を誓うと・・・。
「味方だと確定した家は?」
『
家としては当然として、市花は”晴海”に忠誠を誓うと宣言したのだ。市花の人間を掌握して、内通者が居ないと確定した。
「市花家に、しばらく動かないように伝えてください。それから、俺のコールナンバーを伝えてください」
『わかりました。他の家は?』
「しばらく泳がせまそう。文月のおじさんだけで出来る範疇を超えていますから、内通者が居るはずです。あぶり出してください」
『はい。草を動かしますが、ご許可を頂けますか?』
「解った。忠義。六条家当主として命じる。前当主の命を奪った事件とそれに連なる事案での内通者をあぶり出せ。見つけ次第、拘束しろ。俺の前に引きずってこい。手足を切り落としても構わない。でも、絶対に殺すな」
『はっ。ご命令、しかと承りました』
能見との通話を切って、ソファーに身を委ねる。
市花家は、六条家の表を支えている事業の一つを受け持っている。規模が最大なので、味方と確定したのは単純に嬉しかった。
後、4家。
この中に裏切り者が居る。もしかしたら、一つの家でない可能性だってある。六条は大きくなりすぎたのだ。晴海の個人資産だけでも、7、000億以上ある。月々の収入も5,000万を下回らない。5家からの上がりだけでもかなりの金額になる。それに、六条家が独自に行っている事業も存在している。総資産は、晴海はいくらになるのか知らない。いずれ、把握しなければならないのは解っているが、まずは落とし前をつけるのが先だと思っているのだ。
半島系のシンジケート。
今、晴海が握っている奴らに繋がる
そこに、夕花の
夕花に詳しい話を聞く必要があるが、メンツで夕花を探して拉致しようとしているのなら、ダメだが、最終的な目的が”金”を得るためなら、夕花の糸に集まってきた組織の人間を買収したいと考えているのだ。同じ糸が同じ組織なのかわからない。繋がりは持っている可能性が高いのだ。金で引き込めるのなら、引き込んでしまいたい。晴海は夕花の話を聞いていない。夕花を狙う組織も後に引けない状況になりつつあった。
「晴海さん」
「夕花。起こしてしまった?ごめん」
「いいえ。晴海さんは、まだお休みにならないのですか?」
「うーん。考えたい物事があったからね。でも、もう寝るよ。夕花はどうする?」
夕花は、ローテーブルの上を見て、晴海を見る。
「片付けをしてから休ませていただきます」
「わかった。その前に、一杯だけウィスキーを注いで貰える?」
「私が注いでよろしいのですか?」
「うん。夕花に注いで欲しい」
「わかりました。初めてなので、量がわかりません。どの程度の量を注げばいいのでしょうか?」
晴海は、笑いをこらえながら、夕花にウィスキーの量の指示を出す。
「そうそう、氷を先に入れて」「はい」
「うん。その位でいいよ。ロックグラスの時には、夕花の指なら3本分くらいがいいかな?うん。そのくらいでいいよ。2本半って所だね」「はい」
「そうしたら、バースプーンで軽くかき混ぜて」「はい」
「うーん。下から上に持ち上げるようにして音を立てないように回せばいいよ」「はい」
真剣な表情で聞いて実践している夕花が可愛いと思えたのだ。
「晴海さん。どうぞ」
「ありがとう」
晴海は、夕花からロックグラスを受け取って、アマレットの匂いが少しだけ残るグラスに注いだウィスキーを一気に飲み干した。
「夕花。おいしいよ。ありがとう」
「晴海さん・・・」
夕花は、晴海がウィスキーを一気に飲んだので驚いた。それから、褒めてくれたのは嬉しいが、うまく出来たのか不安だった。注いでかき混ぜるだけが、こんなに神経を使うのだと知らなかったのだ。
そして、今度こそ一緒に寝るのだと思って緊張してしまったのだ。
しかし、晴海は夕花の寝室に移動したが、主賓室のベッドは夕花に使うように言って、自分が控え室にあるベッドを使おうとした。慌てて、夕花が晴海を引き止めたが、一人で考えたいことがあるので、今日は一人にしてくれと言い出したので、夕花が控室に移動した。