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最終話 始まり


「ママ!行ってきます」

「気をつけるのよ」

「うん。大丈夫。スズとナツミと一緒だから!」

 真帆は学校でいじめられている。家では、”いじめられている”とは言っていない。両親を心配させたくなかったのだ。

 家から出る時には、無理にでも元気に出ようと思っているのだ。
 両親は、真帆の気遣いを嬉しく思いながら、実際に”いじめられている”状態が解っているのだ。放置しているわけではない。学校に相談したが、担任の杉本が出てきて”いじめなんてない”と言うだけだ。校長に話をしたが何も変わらなかった。家族はそれでも諦めなかった。学校が当てにならないのなら自分たちで現状を変えるしかないと考えた。真帆を”いじめて”居る者たちは解っている。いじめている生徒を特定して、証拠を持って家族に苦情を言う。
 真帆の家族は、地方のタブーに触れてしまったのだ。いじめていたのは、この地方で絶対なる権力を持つ3つの家と、それに連なる3つの家の子息だった。

「真帆は、キャンプに行ったか?」

「うん。宮前さんと吉村さんが一緒だから安心出来るわよ」

「そうだな。鵜木先生も一緒らしいからな」

 両親は、鈴と菜摘が一緒だと聞いて安心材料になっていた。しかし、鵜木教諭は移動のときの引率だけで、キャンプには参加しない状況になっていたのを知らなかった。もし、鵜木教諭が参加していたら、これから起こる悲劇は起こらなかった。可能性の話だが、後から”鵜木教諭”が居てくれたらと考えてしまった。それが、鵜木教諭の心をすり減らしていると考える余裕さえもなかった。この町の特殊な状況が影響していた。有名な街道の宿場町にもなっているが、町の東西を狭まった誰も住めない場所となって、南は海が広がっている。北は、低いが山が連なっている。東西南北、全ての方向に抜け出す事が出来ない閉鎖的な空間になっている。猫の額ほどの土地に皆が生活していた。その中でも、海側に住む人間と山側に住む人間で対立が発生していた。

 子供たちは、小学校に集まってキャンプ場まで移動する。子供たちの中にもコミュニティが発生して構築されている。親たちと同じ海と山の区分になってしまっている。小さな町の小さな小学校の中に明確な派閥が出来てしまっている。

「マホ!」

 宮前鈴は、親友の須賀谷真帆を見つけて駆け寄る。

「スズ!あれ?ナツミは?」

「居るよ。ほら・・・」

 鈴は、先生が集まっている所に居る吉村菜摘を指差す。

「本当だ?どうしたの?何かあったの?」

「なんか、鵜木先生がキャンプにいけなくなっちゃったみたい」

「え?」

 明らかに真帆が落胆の表情を浮かべる。鵜木教諭は、いじめられている真帆を庇ってくれる数少ない先生の一人なのだ。そして、スズたちの班を引率する先生でもあるのだ。

「・・・」

「スズ?」

「あのね。杉本が引率になりそうなの・・・。それで、ナツミが鵜木先生に頼みに・・・」

 明らかに、真帆の表情が変わる。

「大丈夫。ナツミが頑張っている。私も、マホの側に居るようにする」

「う・・・うん。ボク・・・。ごめん」

「ほら、マホ。また、”ボク”って言っているよ。那由太さんから言われているよね?」

「あっごめん。ありがとう。スズ」

「大丈夫。私が、マホを見つけてあげる!どんなに、どんなに、マホがイヤって言っても、私がマホと一緒に居るよ」

「うん。ありがとう。ボ・・・。私も、スズとナツミと一緒に居る」

 鈴と真帆は小指を絡めて約束をする。そこに菜摘が帰ってきて、二人に引率は杉本じゃなくなったと説明した。

 3人は、約束をした。
 鈴は、真帆を見つけてあげると・・・。
 菜摘は、真帆を守ると・・・。
 真帆は、鈴と菜摘と一緒に居ると・・・。

 3人の約束は二日後の肝試しの後に破られる事になる。

「マホ!マホ!どこに居るの!出てきて!マホ!」

「スズ!マホは?」

「居ない。仏舎利塔まで行ったけど、誰も居なかった。アイツら!アイツらが・・・!」

 真帆が目を離したすきに逃げて、居なくなった。こっちに帰ってきていないかと杉本が教諭たちに話している。

「宮前さんと吉村さん。須賀谷さんは?」

「居ない。居ない・・・よ。先生。マホはどこ!杉本が知っている!知らないなんて嘘!嘘!嘘!」

 鈴がヒステリックに怒鳴っている。先生方もそのくらいは解っている。解っているが、何も言えない。

「スズちゃん。ナツミちゃん。あとは、私たちが探すから、二人は休んで・・・。ね。お願い」

 先生が跪いて、鈴と菜摘を抱きしめるようにして諭す。
 しかし、二人は首を横にふる。勢いよく横に振るから、涙が先生の顔を濡らす。

「お願い。二人には・・・。ううん。違うね。わかった。私と一緒にマホちゃんを探そう。山を降りちゃったかも知れないから、そっちを探そう」

「うん!」「はい!」

 先生は、二人を連れてキャンプ場の仏舎利塔とは反対側に歩いた。

”杉本が知っている”

 先生方の共通認識だ。
 杉本は、探し疲れたと言って、キャンプ場の事務所に閉じこもってしまっている。立花、西沢、日野の3人を連れてだ。

 他の先生方には、杉本が探していたというのは嘘には思えなかった。
 足が汚れている。生徒たちも手足が土で汚れているのだ。仏舎利塔までの間は草木が生えているが、土で汚れるような場所はない。それこそ、崖を降りたりしなければ汚れることはない。探してきたのだと思ったのだ。

 通報を受けて、警察と消防が集まってきた。
 杉本が、真帆が居なくなった状況を説明している。

 仏舎利塔の手間で崖の方に走っていったと言っている。
 制止したが、周りも暗く、他の生徒が居たので、追いかけるのが出来なかったと言い訳をしている。

 消防と警察は、杉本と3人の生徒の証言から、仏舎利塔近くではなく紫陽花の花が埋まっていない場所から、崖の下を重点的に、捜索を行う。
 先生という職業は”嘘を言わない”と思われている。杉本の証言は、子供たちの話しと合致して。

 鈴と菜摘以外は、皆が信じたのだ。

「違う!先生!真帆は、逃げたりしない!だって、私とナツミと一緒に居るって言った!だから、違う。絶対に違う。逃げない!杉本が・・。杉本が・・・。立花たちが・・・。西沢が・・・。日野が・・・」

「マホちゃん。先生や友達を悪く言わないの。いい。皆が・・・。マホちゃんが走っていったって話しているよ。何か、怖いものを見て逃げたと思うわよ?」

「友達じゃない!マホとナツミだけ!絶対に違う。マホは、二回目だよ?最初だって、怖がって・・・なかった。私とナツミと・・・一緒に・・・。なんで・・・。マホ・・・・。せん・・・。せい・・・。マホを。マホを・・・」

「うん。うん。大丈夫。消防の人も、警察も来てくれた、すぐに見つかるよ」

「・・・」

 鈴は、先生の顔を見つめる。
 涙を流しながら、先生の目をまっすぐに見る。

「先生。マホは、一緒に居る・・・。って、本当だよ」

 先生は、鈴の真っ直ぐな目を見られないで居る。自分自身が信じていない話を、子供に信じさせる事は出来ない。

「わかった。先生とマホちゃんを探そう。絶対に見つけようね。怪我をしているかも知れないから、包帯とか持っていくね」

 一晩中、それこそ、足を棒にして、鈴と菜摘は真帆を探した。
 小学四年生には過酷な状況だ。何度、先生方が寝るように、休むように言っても二人は首を縦に振らない。
 喉が潰れて、声が出なくなるまで、真帆の名前を呼び続けた。

「マホ!マホ!マホ!マホ!マホ!マホ!マホ!」

 真帆に使う予定だった包帯は、鈴と菜摘の足や腕に巻かれた。巻かれた包帯が血で汚れても気にしない。二人は、真帆を探し続けた。

 朝日が仏舎利塔を照らすまで、二人は真帆を探し続けた。
 疲れ切って、気を失うように寝るまで、二人は真帆を呼び続けて、真帆を探し続けた。

 足は土で汚れ、手は草木で傷つき、目は涙で腫れ上がって、それでも、諦めない二人が、真帆の片方の靴を見つけたの・・・だ。

 すべてが遅かった。

(スズ。ナツミ。ごめん。約束・・・。守れない。でも、ありがとう・・・。ゆるさない・・・。許せない・・・。スズ。ナツミ。ありがとう)

 仏舎利塔の周りには、小学生たちが植えた紫陽花が青い花を付け始めていた。

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