第八十話 自由時間
目を開けると、電脳世界に入る前の状態に戻っていた。焔は電脳ギアを外すと、起き上がり、ベッドから足だけを垂らし、しばらくの間ボーっとする。というか、頭がボーっとしていた。
あれ? 頭がボーっとする。それに、なんか力が入らねえ。
すると、焔の心を読んだかのように、AIがその疑問について答え始める。
「電脳世界から出た後は、10分ほど頭が正常に機能しませんので、あしからず」
「おいAI。また、俺の心を読んだのか?」
「いえ、ただ単に今の状態に疑問そうな顔をしていたので。それに、もうここは電脳世界ではありませんよ」
「……そうだったな」
焔は倒れるようにベッドに背中を預ける。
「そんじゃ、10分経ったら教えて」
「わかりました。それでは、ごゆっくりお休みください」
その言葉を聞くと、焔はゆっくりと瞼を閉じた。段々と薄れゆく意識の中、あの少女の瞳だけが脳裏にこびりついたように離れてはくれなかった。
10分後、AIから手厚いモーニングコールを受けると、焔は飛び上がるように目覚める。
「おはようございます、焔さん。10分経ちましたので、起こさせていただきました」
「いや、もっと起こし方ってもんがるだろ……バカでかいサイレンの音で起こさなくても……」
「一度、呼びかけたのですが、起きる気配がなかったもので」
「いやいや、もっと段階ってもんがあるだろ……いきなり1から10まで吹っ飛ばすやつがいるかよ」
「では、以後気を付けますね」
「お前……わざとじゃないよな」
「……何のことでしょう?」
「……はあ、これからが思いやられるぜ」
AIが明らかにしらを切ったを確信した焔は、もう言い返すことがめんどくさくなり、言及するのを止めた。
「これから……ですか」
「……何か俺おかしいこと言ったか?」
ニヤニヤしながら、問いかける焔にAIは少しの間を置いた後、
「いえ、何も」
その答えに焔は満足そうに笑う。すると、会話は一転し、これからのことについてAIは話し始める。
「現在の時刻は午後6時です」
AIがそう言うと、不意に壁からデジタルの時計が姿を現す。
「今から午後10時まで自由時間とします。午後10時に第一試験同様に、ここのテレビ画面から総督が次の試験の内容を発表します。それまでに戻ってきてくだされば、今から述べる場所への移動を許可します」
AIがそう言うと、テレビ画面に今から言っていい場所の名前一覧が張り出される。
「食堂、トレーニングルーム、大浴場です」
「3か所だけかよ」
「これだけあれば、生活には事足りるかと」
「ま、そうだけど……あ、そういや、トイレは?」
「トイレですね。では、中央のタイルが光っているところまで行ってください」
そうAIが言うと、急に床のタイルが光始める。ただ単にトイレに行きたいと頼んだだけなのに、一体何が起こるんだと不審がる焔。一応、AIの言う通りに光るタイルのところまで行き、上に乗る。
すると、突然タイルが下がりだす。訳も分からず、下へと移動させられた焔が見た景色は、
「……トイレだ」
目の前には洋式のトイレがあった。普通ならなぜこんなところにトイレを作ったのか気になるが、もはや聞くのすらめんどくさく思えた焔は、普通に用を足した。用を足し終えた焔は、テレビ画面の前で腕を組む。
さてさて、自由時間って言ってもなあ。特にやることねえし。でも、まあまずは……
『グー』
「腹減ったー。AI、食堂だ。食堂に行きたい」
「わかりました。それでは、転送します」
素早く転送を終えると、そこにはかなりのスペースのある食堂が姿を現す。そして、皆考えることは同じらしく、そこにはかなりの数の受験者がいた。すると、焔はあたりをキョロキョロ見始めた。それは誰か、特定の人物を探しているようだった。
トントン
不意に肩を叩かれた焔はそのまま後ろに振り返る。
「お、茜音か」
「こんばんは、焔」
「茜音も腹減ったのか?」
「うん、もうペコペコ。現実世界では何も動いてなかったのに、不思議よねー」
「だな」
会話をしている焔と茜音の後ろに大きな影が忍び寄る。その直後、焔の頭に何かが乗りかかる。
「痛て!」
後ろを振り返ると、ブロンドヘアーをなびかせている男が焔の頭の上に手をのせていた。
「おー! レンジではないか! 小さいからすぐわかったぞ!」
そう言うと、大柄の男はご機嫌そうに笑う。そんな男とは対照的に焔は明らかに嫌そうな顔を示す。
「サイモン……いつまで腕乗せてんだ」
「おっと、これはつい。ちょうど良い高さだったもので」
バチバチににらみ合う2人。そんな2人の間に茜音がそーっと割り込む。
「あ、あのー」
すると、すぐさまサイモンが反応を示し、茜音のすぐそばまで近寄る。
「これは見苦しいところを見せてしまったね。僕はサイモン・スペード。以後お見知りおきを、プリティーガール」
何の恥ずかしげもなく、キメ顔でサイモンは言い切ると、最後にウインクをした。それを見た茜音はなぜか身震いを起こす。確かに、顔はイケメンの部類で身長も高かったが、恥ずかしげもなく、こんなことを言ってしまうことに、若干引いてしまった。
「え、ええ。よろしく。野田茜音です」
ぎこちない笑顔で挨拶を交わした茜音は、こっそり焔に耳打ちをする。
「何あのナルシスト男は!?」
「ゴールの時、あのカフェみたいな空間あっただろ? そこであいつが3番目に入ってきて、色々と仲良くなった……みたいな」
「あー、そういうことね」
首を縦に振り、納得する茜音だったが、もう一度焔が言っていたことを思い起こすと、とんでもないワードを口にしたことにやっと気づく。すると、確認を取るように再び焔に詰め寄る。
「ちょっと待って! 今、3番目って言った?」
「言ったな」
「ちょ、ちょちょちょっと待って! てことは、焔は……」
「……2番目」
「何ですってー!!」
急に大声を出す茜音に焔だけでなく、周りからの注目も集める。
「おいおい、急に大声出すなよ」
そう焔に諭され、やっと周りの視線を集めたことに気づいた茜音は恥ずかしそうに手で口を覆う。
「そ、そりゃ大声も出るでしょ。あんな地獄のような試験を2着でゴールするなんて」
「ああ、体力には自信あったからな」
「体力って、そんな簡単に……タイムは?」
「えーっと、3時間半ぐらい」
「3時間半!?」
もう一度大声を発した茜音だったが、今回はすぐに口を閉じる。
「あんた……まさか本当は宇宙人なんじゃ……」
「おいおい、また蒸し返すのかよ」
「だって……はあ、まあいいわ。続きはご飯を食べながらね」
「そうだな。腹ペコペコ」
「ハッハッハ! 席はとっておいたぞ! 早くきたまえ、2人とも!」
タイミングを見計らったように、サイモンが遠くから2人を呼びだす。
「あいつ、いつの間に。というか、いつあいつと一緒に飯を食うことになったんだ?」
「まあ、いいじゃない。食事時は賑やかなほうがいいでしょ?」
「へいへい」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべる焔だが、茜音に納得させられると、サイモンの所へトボトボ歩き出す。そんな焔に元気な声が足を止める。
「あれ? 焔? 焔だ!! さっきぶりネ! 焔!」
元気な声とともに何とも明るい女の子が焔の元に駆け寄る。
「おー、さっきぶりだな、リンリン。それと、コーネリア」
焔が視線をそらした先には三つ編みをし、眼鏡をかけた少女が立っていた。
「ええ、さっきぶりね、焔。小さいからすぐわかったわ」
「んだと? お前も俺と同じぐらいじゃないか」
「私はお前より1㎝高い」
「1㎝だけだろ!」
「あ、サイモン君ー! ニーハオ」
「やあ、リンリンちゃん。君たちも一緒にどうだい?」
「いいの? それじゃあ遠慮なく」
すると、リンリンは焔とコーネリアをほったらかしにして、サイモンの元へ行ってしまった。リンリンとサイモンは談笑をはじめ、未だいがみ合う焔とコーネリア。そんな状態に茜音の頭は追いつかず、アタフタすることしかできずにいた。
「もう!! 次から次に何なのよー!!」
そして再び、茜音の声が食堂中に響き渡るのだった。