第三話 調査
「さて始めるか」
「タクミ。僕は?」
ユウキが、なにかを期待して、目をキラキラさせている。
手伝える事なんて”ない”とは言える雰囲気ではない。
「そうだな」
なにかないか、考えろ!
「どちらの端末、スマホから見る?」
マリ嬢が勢いよく手を挙げる。
「それじゃ、ユウキ。エリさんのスマホを学校 WIFI じゃなくて、今から書く SSID に接続して、アップデートがないか確認しておいてくれるか?」
「わかった。エリ。こっちでやろう」
SSID と 接続パスフレーズを書いた紙を渡した。
マリ嬢から、スマホを受け取って、接続先を変更する。
「マリさん。少し話をしよう」
「マリです」
「うん。マリさん」
クビを横にふる。何か気に触るのか?
「あぁタクミ。呼び捨てにして欲しいって事だよ」
離れた場所に居るユウキからフォローが入る。
「そうなの?」
勢いよく首を縦に動かす。
それで正しいようだ。なぜユウキはこれだけで会話が成り立つのだ?
まぁ考えてもしょうがないな。
「それじゃ、マリ。少し話を聞かせて」
うなずく。
「パケットが足りなくなるのは最初から?」
うーん。
やはり違うようだ
「メール見ていい?」
うなずいてくれる
スマホを操作する。
うわぁ。久しぶりに見たな、SPAMの嵐だ。
「これ、全部読んでいるの?」
首を横にふる。
まぁそうだろうな。何か、一部を指さしている。
そういう事か
「このフォルダの奴だけ読んでいるの?」
うなずくから間違いなさそうだ。
”家族”や”お店”とかフォルダ分けさせれているから、そこに入ってきた物だけ読んでいるのだろう。
でも、これじゃ不便だろう、使っているメーラの設定を見ても、フォルダ分けされた物で新着情報が表示されない。新着情報を表示するとしたら、メール全部が対象になってしまう。
さて、なんとなく事情は見えてきた。
あとは、対処の方法だけど、その前に聞きたい事がある。
「この状態はいつから?」
首をかしげる。
わからないようだ。
メールアドレスが、安易に予測できる物だけど、それだけで、1,000通を超えるようなSPAMが来ることは少ない。
なにか、SPAMのきっかけがあるはずだ。
入っているアプリのアップデートを行いながら確認していると、なんとも怪しげなアプリが存在していた、いわゆるクーポン系のアプリのようだが、クーポンサイトに飛ばしているだけのようだ。アプリにもユーザ登録が必要となっている上に、クーポンサイトでさらにユーザ登録が求められる。
持ってきている、パソコンでは役者不足かも知れないけど、調べてみるか?
スマホを接続して、認識する。
アプリの名前から、ネームスペースを類推するが見つからない。一番やっかいなパターンかも知れない。
「このクーポンアプリは、エリも使っているのか?」
なにやら、マリとエリが電波で会話しているようにさえ思える。
二人して、大きくうなずく。
「どうやって知ったか覚えている?」
二人して首を横にふる。
中を見ていて、有名所のネームスペースに寄せている物を発見した。フォルダの中身を見ると、ビンゴの様だ。認証されていないアプリ・・・野良アプリか?
設定を見ると、野良アプリがセットアップできないようになっている。
「このスマホ。俺以外に誰か触った事あるか?」
ふるふると首を動かす。
二人とも覚えが無いようだ。
エリが、ユウキになにか言っている。
「タクミ。エリが言うには、誰かに渡した事は無いけど、なにかアプリを入れなきゃならなくなって、そのときに、設定を変えてとかやったって事だよ」
なぜ、お前は会話が成り立つ。
こっちで見ていても、首を動かして、手をパタパタと動かしていただけだろう?
ユウキの底知れぬコミュニケーション能力に恐れを感じた。
でも、これで納得できた。
それに、アプリの動きもだけど、パケットの動きも怪しい。いくつかのドメインに、”ピン”を打っているような動作をしている。残念な事に、俺のパソコン経由で、且つ、VPNで俺の部屋につないでいる。
部屋の出口のログを確認すると、今までに観測されていなかったアクセスがある。
どうやら特定ポートに接続を行おうとしているようだ。
詳しい説明は、双子には必要ないが、後々なにかで必要になる可能性があるし、オヤジにも報告しておいた方がいいだろう。
違法なのかはわからないけど、アプリとして必要ないものだろう。
APK を確保して、削除してしまえばいい。野良アプリの困るところは、アイコンが特定しにくくなっているところや、ネームスペースが適当な場合が多いために、探すのも困る。名前もそれらしいもので入るので、削除していいのか対応が困る。そして、サービスになっているので、単純に削除しようとしても、削除できない場合がある。このアプリも同じで、動作を停止しようとしても、すぐに起動してくる。さすがに、ルートまでは取られていないので、アプリを強制終了させてから、アプリの本体を削除して、ゴミを消していく。残骸が残されていないか、外部からとファイル操作で確認していく。
出ていくパケットがこれで減っていく。入ってくるパケットもなくなるだろう。
APK の調査は、帰ってからやる事にする。オヤジの意見も聞きたい。パケットのログは別にして保存して、第一報として、オヤジに送信しておく。
エリのスマホも同じ様な状態だったので、同じ対処を行う。
二人から、アプリを入れたときの状況を聞く事になった。
通訳:ユウキ の話では・・・
フリーSIMだったので、キャリアメールが使えない。ショップで言われるがままに、フリーメールを作成して、設定した。
そして、一通のメールが届いて、そのメールには、”アカウントが不正に利用された可能性があり、xx日までに、xx万を用意するか、アプリを入れて設定を変更してください”(双子の記憶にあった物を、ユウキが聞き出した結果なので、間違っている可能性が高いが、金を用意しろ、できなければ訴える。それが嫌な、言われた通り、アプリを設定しろ)だという事だ。
詐欺メールを受信して、それに従ってしまったというところだろう。
最近のフリーメールのSPAM認定の精度はかなりよい。
しかし、それにも法則はある。URLが多いとか、ドメインがブラックリストに乗っている。後は、リレーションがおかしかったり、総合的に判断している。そのために、一般的なフリーアカウントから出されるメールでURLが一つしか無いものや内容がそれほどおかしくないような物は、SPAMと認定されにくい。
業者もバカじゃない。自分で同じ様に受信して研究しているのだろう。双子の端末に届いているのはそういうメールだ。
そして、受信できているメールの経路を確認すると、フリーSIMから送信されているように思える。偽装が可能なので、違う可能性もあるが、概ね間違っていないだろう。メールは、多分目くらましだろうな。本命は、アプリの方だろう。踏み台にされていた可能性が高いな。
双子が幸いだったのが、買ったばかりのスマホで、電話帳の引き継ぎを行わなかった。学校の友達とかは、メールや電話ではなく、メッセージアプリでのやり取りになっていたから、被害が拡大しなかったのだろう。
ユウキに、双子の相手をしてもらっている最中に、二人に持たせる文章を作成する。
家族向けだ。もし、同じ様な症状になっているときの対処をまとめたものだ。
さて、次にSPAM対策だが、これは、二人が使っているフリーメールで対処ができる。通訳を通してだが、二人は最低限の知識は持っているようだ。
アドレスの変更は、したくないという事なので、指定されたアドレス以外は受信しない設定にすることを進めた。
セーフリストを作成して、それ以外は受信しない様にして、メールが不要でも送信者に伝えない設定にした。
これで、メールも激減するだろう。
暫く様子を見て、通知を許可するかの判断をするように説明した。
双子にスマホを返した。
さて、これかが難しい説明になる。
詐欺メールは、多分暫くは大丈夫だろう。
セーフリストをくぐり抜けて届く事はあまり考えられない。セーフリストに乗っている人が、”なにか”に、引っかかってしまった場合は、問題になりえるが、そうじゃなければ大丈夫だろう。
問題は、SNS で広まる詐欺メッセージだろう。
あと、SMS も意外と詐欺メッセージが届く。有名なところだと、宅配業者や郵便を装った物だ。荷物が届いたが、住所不定で返却された、正しい住所を入力してくれって書かれて、URLが張ってある。そこにアクセスすると、本家と”同じ”フォームが用意されている、アドレスを見れば違う事はわかるが、クリックして開いてしまう人が、アドレスの確認をするのは稀だ。個人情報を抜き取られてしまう。それだけなら、個人の問題だが、双子の様に、アプリのセットアップを行ってしまうと、個人だけの問題で済まない場合が多い。双子には言っていないが、双子の端末を使って、SPAMが大量に送信されているはずだ。アプリを調べてみればわかる事だが、ほぼ間違いないだろう。確かに、メール量は多かったが、あれだけで、パケットを食いつぶすとは思えない。
双子には、メッセージでURLが書かれていても、クリックしないように指導する。それから、野良アプリのセットアップは絶対にしないことを言っておく。
何かしらの意図が合ったとしても、”野良アプリでなければできない事”は、少ない。知識が身についてからならいいが、そうでないのなら、野良アプリは使うべきではない。
パッチ作業の方も終わっているようだ。
スクリプトがうまく作動してくれた。
学校から出て、最寄り駅に向かう。
二人は、電車通学の様だ。俺たちも、今日は電車で帰る事になる。
最寄り駅の近くで、双子が急に走り出した。
目で追っていると、よく目立つ赤のAudiが止まっていた。梓先輩が手招きしている。
双子が、梓先輩に抱きついている。
「お姉さま」「梓お姉さま」
「二人とも久しぶりだな。ユウキとタクミは、優しかったか?」
二人ともうなずいている
「そうか、それなら良かった。問題は解決したのか?」
これもうなずく
「タクミに頼んで正解だったな」
やりやがったな!
ユウキを見ると、目をそらす。何らかの取引があった事が疑える。そんな事しないで、直接言ってきてくれれば対処したのに・・・。
「ユウキ。知っていたのか?」
「え?何のこと、僕もびっくりしているよ」
「そうか、そうか、わかった、びっくりしているのなら、今日の夕御飯は、野菜づくしにしよう」
「えぇぇぇお肉がいい。お肉。お肉」
「それじゃ、しっかり言えるよな?」
「え?うぅぅぅ」
「タクミくん。ユウキを責めないで、私が、頼まれたのだけど、梓の方に二人がなついていて、梓からユウキにお願いしたの」
「はぁまぁその辺りの事情は、別にどうでもいいです。直接言ってくれればよかったのに?」
「キミ。そうしたら、キミにまた借りができてしまう」
「困っている後輩を助けるのに、貸しなんかにしませんよ。それよりも、梓先輩。双子との関係は、後日説明してくれると思っていいのですよね?」
「え?あっ・・・そうだな。わかった、後日説明をするよ。ほら、エリ。マリ。タクミくんとユウキにお礼をいいなさい」
二人は、梓先輩から離れて、こっちを見て、頭をぴょこんと下げる。
まぁいい。困っていた後輩を助けたのは間違いないのだし、これはこれで、良しとしておこう。
本来なら、俺とユウキと旅行の話をしたかったが、双子が居るので、今日のところは、ユウキ先輩たちは、双子を送って帰るそうだ。
俺とユウキも、電車に乗って帰路に着いた。
部屋に帰ったら、APKの調査をしなきゃな。
先輩たちが絡んでいる事を考えると、ある程度の詳しい説明と、被害想定をしておかないとならないだろうからな。