第二十二話 条件
「ヤス様!」
「サンドラか?ドーリスとダーホスも来たということは辺境伯を説得できたのだな?」
「はい!」
「ドーリス。ダーホス。よく来てくれた。ギルド用に確保した建物に案内する。ドーリスの家も用意している」
「ありがとうございます。ヤス様」
まだ乗り合いバスは動かしていないのだが、住民も増えてきたことだし眷属に経験を積ませるためにも乗り合いバスを動かそうと考えていた。
幸いなことに討伐ポイントの収支はかなり上向いている。ワンボックスを数台用意するのに必要な討伐ポイントは確保している。すぐに運用を始めないのは、移住者たちがまだ落ち着かない状況だったからだ。
ドワーフたちは仕事として工房に入り浸っている。タブレットの情報は彼らが欲していた情報だったのだ。神殿で使っている魔道具をヤスの許可を得て分解して機能を学んでいる。そのうち自分たちで直したり作ったりしてくれると考えている。エルフや他の移住者も領都で行っていた仕事の継続を希望する者もいれば畑仕事をしたいと言い出す者などが居る。セバスとミーシャとラナで調整を行っている。
戦える者は、ディトリッヒと眷属たちと麓の森に向かっている。
地形や動植物の状態を調査し始めている。220名をまかなえるだけの食料の確保は難しそうだが、食料の足しにはなりそうだと報告が来ている。
「ドーリス。ダーホス。ここがギルドだけど問題は・・・。案内を・・・。ちょうどよかった。フォースだよな?ドーリスとダーホスとサンドラにギルドを案内してくれ」
「ヤス様。私は、ヤス様とお話をしたく思います」
サンドラが言い出すかと思ったのだが、ダーホスがヤスに話があると言い出した。サンドラは、おとなしくドーリスとギルドの施設を見学している。ギルドの施設の後はドーリスが住む場所の説明になる予定だ。ヤスは、ドーリスの事情を知らなかったので一軒家を用意している設備は同じだが場所はギルドから離れた場所にした。近くが良いと言えば近くでも大丈夫だとメイドには伝えてある。
「ダーホス?」
「ヤス様。ヤス様は一国の王と同等の扱いです。どうぞご容赦ください」
「事情は理解した。納得はしないけどな」
ヤスはダーホスがへりくだった言い方が気になって顔を歪めてしまった。ダーホスもヤスが不思議な表情を浮かべたことがわかって簡単に本当に簡単に事情を説明した。ダーホスはヤスを王族と同等の扱いにしなければならないと辺境伯及びギルドの上層部から言われている。隠された理由を告げることは出来ないのだが表向きの理由だけを伝えたのだ。
「それで?なにか話があるのだろう?」
「はい」
ヤスは、ダーホスをギルドのために作った一室に案内した。
マルスから念話でこの部屋が良いだろうと言われたからだ。
「そうだ、忘れていた。待って欲しい」
「はい」
ヤスは壁際に付いているスイッチをいくつか作動させる。スイッチを入れると部屋の雰囲気が変わる。
「これでいい。それでダーホス?なにかあったのか?問題が発生したのか?」
「いえ、違います。それよりも、ヤス様。この部屋は?」
「そうだな。部屋の説明をしないと安心出来ないな。この部屋は、会議や面談に使う用途で作った部屋で、スイッチを作動させると結界が発動する。声が外にもれなくなる。結界内で魔法が発動できなくなる。個々に結界を張る機能もあるけど今日は発動していない」
「え?」
「面談するときに、魔法を使ったり武器を抜いたり職員を脅すような馬鹿が居るかもしれないだろう?そのための対策だ」
「はぁ・・・。ヤス様」
「ダーホス。周りに人が居ないし気にしなくていい。それに・・・」
「それに?」
「気持ち悪い。”ヤス殿”と呼ばれるのも気持ち悪い。アフネスみたいに呼び捨てでいい。口調も気にしなくていいよ。俺には眷属は居るけど臣下は居ないから怒る連中もいないからね」
「・・・。はぁ・・・。ヤス。お前・・・。このギルドは?」
「作った」
「作った?」
ダーホスがどんな答えを期待しているのかわからないヤスは素直に答えた。
答えをそのまま返されるとは思っていなかったが、”作ったのは事実なのでしょうがない”と考えて説明を開始した。
「神殿の権能で建物を作ることが出来た。他の施設も同じだ」
「え?神殿にはそんな機能が?」
「あぁこの神殿だけなのか、他の神殿も同じなのかはわからないぞ?」
「わかった。ヤス。それで相談と頼みがある」
「それは、ユーラットのギルドからと受け取って良いのか?」
「半々だな。まずは話を聞いて欲しい」
「あぁ」
ダーホスの頼みは簡単だ。
ヤスに王都までの道筋にあるギルドの存在する街や村に立ち寄って欲しいという相談だ。相談になっているのは、依頼として出すことが難しい事情があったのだ。依頼料が出せない状況なので、ヤスの善意にすがる必要があったのだ。
「うーん。別に良いけど、いきなり行ってもダメだろう?ダーホス。何か各街のギルドに手紙を出すような依頼を作ることは出来ないか?」
「あっ」
「それで依頼料は最大割引として・・・。銅貨1枚でいい。どうだ?」
「わかった、早急に用意させる」
「頼む。それと、頼みとは?」
「辺境伯からの返事にも関係するのだが、サンドラ殿を神殿に住まわせて欲しい」
「それは構わないけど、仕事は?貴族としての責務もあるのだろう?」
「仕事は、ギルド職員の見習いだ。貴族としての身分は凍結となるようだ」
「わかった。それだけか?」
「あぁ・・・。ギルド本部からのお願いだが、職員を数名と冒険者を派遣したいと言われている」
「わかった受け入れは大丈夫だが、冒険者は何をするのだ?」
「魔の森の探索と神殿内部の探索です」
「許可しよう。神殿内部はいくつか注意事項があるけど守ってくれるよね?」
「大丈夫です。神殿内部にはギルドが許可した者しか立ち入らないようにします」
「わかった。神殿の中で何をする?魔物も徘徊しているし、死ぬかもしれないぞ?」
「わかっています。それでも、素材や新しい発見を求めて神殿に潜りたいと言い出す者は多いのです」
「自己責任という認識で大丈夫なのだな」
「はい。それで、神殿のギルドで買い取りを行った物を、食料になる物を神殿に買い取ってほしいのですが?」
「いいの?」
神殿にとっては損になる話ではない。びっくりしてしまって素で聞き返してしまった。
「はい。王国の本部が介入してくる案件なのですが、神殿は独立国家と同じ扱いになるので、このギルドが本部という扱いです」
「よくわからないがわかった」
ヤスとダーホスは、メイドが持ってきた飲み物を飲んで雑談をすることになった。ヤスが面倒な交渉事をセバスに丸投げしたからだ。ダーホスもヤスでは話はまとまるが交渉にはならないことを悟って早々に交渉相手をセバスに変更したのだ。
「マスター。ドーリス様とサンドラ様がお戻りになりました」
「わかった。ダーホス。今日は、神殿に泊まっていくのか?」
「聞きましたらアーティファクトでの移動を夕方にも運行するそうなので便乗しようかと思います」
「わかった。そうだ、俺への仕事はユーラットのギルドが窓口になってくれると嬉しいけど大丈夫か?」
「いいのか?」
「アフネスも居るし、神殿は冒険者の相手で大変になるだろう?神殿では、カスパルとか俺以外への依頼を受けるようにすればいい」
「・・・。そうさせてもらおう」
ドアが空いて二人が入ってくる。
「ヤス様」「ヤス殿!」
「ギルドは大丈夫そうだな」
二人の表情からヤスは大丈夫だと感じ取った。
実際に二人の感想は”なにこれ”だったのだが大丈夫という意味では大丈夫なのだろう。家にも案内されて、サンドラが領都にある自分の家よりもすごいと言っていた。広さでは辺境伯の屋敷の方が広いのだが設備面では大きな違いがある。それに、自分だけの家となるとサンドラのテンションが上がるのも当然なのだ。サンドラは貴族の娘にしては珍しく料理をして楽しむこともあった。家にキッチンがあったのが嬉しかったのだ。
「さて、サンドラ。辺境伯からの許可は取れたのだよな?」
「はい。問題はありません、が・・・」
「条件が付いたのだな。一つは、ダーホスから聞いた。サンドラが神殿に移住するのは許可する」
「ありがとうございます。それで、辺境伯が言うには”王都にはそれほど多くの食料はない”と言われました」
「そうか・・・。それで、サンドラには代替案があるのだろう?」
「はい。調べたわけではないので、外しているかもしれませんが・・・」
「構わないよ。辺境伯に届ける食料の一部は回してもらえるのだろう?」
「あっそうでした。先にその話をします」
サンドラがヤスに説明した内容は、ヤスの期待を上回った。
運んだ荷物は一旦ユーラットに運び入れて、そこでユーラットが必要とする物を除いた物資を領都に送り届ける。
「運んできた物は全部ユーラットで使うことにしても問題ないのか?」
「はい。ございません。ヤス様。それで、父。辺境伯の条件ですが、”一度、一度だけ、今回と同じ条件で依頼を受けていただきたい。王都周辺から領都までの運搬を頼みたい”です」
「いいぞ。依頼はギルドを通す必要があるが条件は問題ない。ユーラットにではなく領都に搬入すればいいのだよな?」
「はい。ありがとうございます」
ヤスの王都行きが決まった。
そして、王都で数を揃えることが出来ない食料も、サンドラの代替案を採用することになった。
時間はかかるのだが、行きに立ち寄ったギルドで食料を集めてもらい。帰り道で回収していく。無理がない範囲で揃えさせればいい。それほど難しい話ではない。ダーホスもその代替案に賛成して各ギルドへの書状に書き加えると約束した。
ヤスの出発は明後日と決まった。