第二十七話 事情確認1
ラナが立ち上がって部屋から出ていこうとする。ミーシャが腕を掴んで目線で何かを訴えている。ヤスに一人で説明するのが嫌なようだ。
「ミーシャ。飲み物を持ってくるだけよ」
ミーシャも手伝う事で妥協したようだ。説明が嫌だった事も有ったのだが、話す内容の打ち合わせができていなかったので、ラナと話をしたかったようだ。ラナとミーシャは、コンラートの醜態を見て、ヤスには正直に話す事に決めたようだ。アフネスからの伝言もあり、ヤスには敵になって欲しくはなかった。できれば、リーゼのことを守って欲しいと思っていた。
ラナとミーシャが飲み物と簡単に食べられる物を持って戻ってきた。
喉を潤して、ヤスは二人をしっかりと見た。
「それで?ミーシャ。俺が居ない2日で何があった?」
「ヤス・・・。説明も何も無いのだけどな」
ミーシャが簡単にヤスに説明を行う。
話は、ヤスが冒険者ギルドの依頼を受けてユーラットに武器と防具を運ぶ為に領都を出た後から始まった。
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ヤスの予想通り、翌朝起きだしたリーゼはヤスが居ない事に気がついてミーシャとラナに食って掛かった。
「ミーシャ!ラナ!どういう事?なんで、ヤスが居ないの?僕を置いていったの?」
泣きそうな顔をして、ミーシャとラナを問い詰めるリーゼ。
置いていかれたのがショックだったのだ。
「リーゼ様。ヤスは、ユーラットに武器と防具を持っていったのです。リーゼ様が一緒だとアーティファクトが全力を出せないのでしょう。帰ってくると言っていますし待っていましょう」
この説明でリーゼは、納得はしていないが騒いでもしょうがないことは悟った。
「ミーシャ。ラナ。門まで行きたいけどいい?僕、やっぱり、ヤスの足手まといになっていた?」
ミーシャが慌てて否定する。
ここで、リーゼがヤスに絡むのを辞めると言い出すのは、ミーシャとしても困ってしまう。主に、ユーラットに戻ったときの対アフネスの意味で・・・。
「違います。リーゼ様。ヤスは、リーゼ様の安全を考えて・・・」「そんな事はわかっている。でも、僕も一緒に・・・。ユーラットは、僕の大切な場所で・・・」
最後は泣き声になってしまっている。
ミーシャにもその気持がわかるから何も言えなくなってしまっている。
「リーゼ様。ミーシャもなんですか?ヤス殿が戻ってきたときにどうするのですか?」
ラナの一声で、二人は俯いてしまった。
リーゼは納得したと言ってもやはり置いていかれたと考えてしまっているのだ。
「でも・・・。僕・・・」
「リーゼ様!」
リーゼはラナの顔を見てビクッと身体を震わせる。
「・・・」
今度は幼子に話すような優しい声でリーゼに語りかける。
「リーゼ様。ヤス殿は、私とミーシャにリーゼを頼むと言っていきました。帰ってくるつもりなのでしょう。だから、リーゼ様はここでヤス殿を待ちましょう。これからも、ヤス殿が領都や王都に出かけるたびに着いていくのですか?できませんよね?リーゼ様は、ヤス殿の奥方ではないのですよ?」
シュンとしてしまったリーゼだったが、奥方という言葉には耳を垂れさせている。
「わかった。ラナ。僕。領都でヤスを待つよ」
「ありがとうございます。ミーシャは、冒険者ギルドの仕事が有るでしょうから、リーゼ様は私とヤス殿が帰ってくる門に行きましょう」
「うん!ラナ。ありがとう。ミーシャもありがとう」
リーゼは二人に頭を下げる。
二人は、下げられた頭よりも、垂れ下がった耳が気になってしょうがない。注意したら、いろいろ説明しなければならないし、意識してしまったら困る事になるかもしれない。目線だけで二人は合意してアフネスに丸投げする事に決定した。
そして、ラナやリーゼと一緒に門に向かった。正門とは別の門でユーラットに向かうときに使う門だ。ヤスが帰ってくるなら、この門だと思っているのだ。
ミーシャは二人と別れて、冒険者ギルドに向かった。
そして、コンラートから物資の調達を命令された。本来なら、ミーシャの仕事ではなかったが約200人が2ヶ月間動くことができる為の物資だ。輸送の事も考えなければならない。
そして、ミーシャは何件か馴染みの店を回って異変に気がついた。買える物資が少なく次回入荷も未定だと言われたのだ。
冒険者ギルドに帰ってきて物資の調達に向かった職員からも同じ様な報告を受けた。その日は、情報のすり合わせだけをして、輸送の準備を始めたのだが同じ様に手配できる馬車がいつもよりも少なくなっていたのだ。
最後に入った店で理由が判明した。
領主の次男が隊長を務める第二分隊が買い占めを行っていたのだ。それも、ほぼ徴発に近い形だ。丁寧に”冒険者ギルドには言うな”と命令まで付いていた。
ミーシャが冒険者ギルドで書類をまとめているときに、リーゼはエルフの隠れ家に来ていた。
リーゼとラナはミーシャと別れた後に、門までヤスが帰ってきていないか確認していた。まだ出ていって半日も経っていないのでヤスが帰ってきていない事は当然なのだが、リーゼが何かしていないと落ち着かない様子だったのでラナが提案した形になる。
門には、
一部の貴族では、エルフ族の女を妾に持つのがステータスになっているらしいのだ、人族とエルフ族では寿命が違う。そのために、自分の子どもたちをエルフ族の妾に任せる事が貴族の中で”家を守る事”に繋がると考えられているのだ。
そのために、次男も執拗にリーゼを妾に来いと誘ってくるが、リーゼもラナも相手にしなかった。特にリーゼは冷たい目線を向けるだけでそれ以上の事も煩わしいと思ってしまったほどだ。耳も警戒心を示している。ヤスと一緒にいる時に垂れ下がっている事が嘘のような反応だ。
この態度に気分を害された次男はリーゼを強引に連れて行こうとしたが、それは副官に止められた。そして、もうひとりの副官が耳打ちをしてから第二分隊は立ち去ったのだ。
リーゼとラナも宿屋に戻って落ち着いた頃に、領都で食事処を営んでいるエルフが宿屋に駆け込んできた。
「リーゼ様は無事か!」
「どうした?」
話を聞くと、食事処に第二分隊の人間がやってきて籠城に備えて店の中に有る物資を徴発すると言ってきたようだ。店主は抵抗したが、守備隊が”リーゼとかいうエルフを差し出せばいい。簡単な事だろう”と脅してきたらしく抵抗する事なく物資を渡して、リーゼの安全を確認するために、宿屋に来たという事だ。
「え?僕・・・」
「リーゼ様。すぐに、隠れ家に逃げてください。ヤス殿が来るまで、隠れていてください」
ラナが指示を出す。リーゼの意見は完全に無視した形になるのだが、ラナたちにとってはリーゼの命の方が大事なのだ。
食事処の店主がリーゼをすぐに着替えさせてフードをかぶせて耳を隠して隠れ家に連れていく。
リーゼが宿屋から脱出した。
それから、領都で店をやっているエルフ族やドワーフ族やハーフ達・・・。いわゆる、ユーラットから流れてきた者たちが集まって来た。
全員が第二分隊に徴発を受けて物資を奪われたのだ。リーゼを脅しに使われたり、暴力を振るわれたり、ときには家族に武器を向けられたものまで居た。
この時点で残っているのは、ラナの店だけという事になっている。
徴発を免れた場所も有るようだが、それらの店でも捨て値で買っていかれた状態のようだ。
ラナは集まってくる仲間の状況を聞いて、ユーラットに移動する方法を考え始めた。
スタンピードが発生している事はわかっているが、突破できない状況ではないと考えていたのだ。犠牲が出るかもしれないが、領都にいるよりは”まし”だと考えたのだ。
問題になりそうなのは食料だけだ。ラナの所にある食料だけでは、数日は大丈夫だと思えるが、ユーラットまでは持ちそうになかった。ミーシャが戻ってきたら相談する事にした。この日は、皆で食料を隠しながら今後のことを話し合った。
皆がユーラットに向かう事を承諾した。