第十話 移動開始
「ヤス!遅い!」
「わるい。わるい。それで準備はいいのか?」
「うん!早く行こう!裏門?」
「あぁ」
リーゼは本当に待ちきれないのか、ヤスの手を引っ張って裏門に急いだ。
「リーゼ。準備は本当に大丈夫なのか?」
「おばさんに確認したから大丈夫!」
リーゼの声を聞いてアフネスが宿から出てくる。
「おい!アフネス!本当に大丈夫なのか?」
アフネスがヤスを手招きしている。
「リーゼ。なんか、アフネスが俺に話があるらしい。先に行っていてくれ」
「うん!わかった!」
本当に、飛ぶようにリーゼが裏門に向かっていく、ヤスはリーゼを見送ってから、アフネスの所に歩み寄った。
「ヤス。頼むわよ」
「解っている。そんなに心配ならリーゼを置いていくぞ?案内なら、ギルドで頼めば居るだろう?」
「ヤス。今、リーゼにそんな事を言ってもダメな事位解っているでしょ?」
ヤスは、苦笑で返すしかなかった。
そのくらいわかりきっている。すでに、目の前から
「ヤス」
「なんだよ?」
アフネスがヤスの近くに来て耳元で囁くようにつぶやく
「リーゼは、安心できる場所で寝る時には下着を付けないよ」
「はぁ?」
「ヤスと一緒なら間違いなくリーゼは下着つけないで寝るから襲うならその時にしな」
「アフネス!」
「ハハハ。襲ったら責任を取って、リーゼと一緒になってもらうけどね」
「しねぇよ。子供は守備範囲外だ」
裏門から、ヤスを呼ぶリーゼの声が聞こえる。
「ほら、リーゼが呼んでいるよ。行ってきなさい。あっそうだ!ヤス。これを渡しておく」
アフネスはヤスに、素材はわからないのだが”割符”の様な”鍵”のような不思議な物体を渡した。
「これは?」
「エルフ族なら解る物で、ユーラットの町のお守りだよ。ヤスとリーゼを守ってくれる物よ」
「ふぅーん。わかった。怪しそうなエルフ族が居たら見せればいいのだな」
「そうね。リーゼは知らないから聞いても無駄よ」
「そうなのか・・・。ふぅーん。聞いても教えてはくれそうにないな。まぁいい。行ってくるな」
アフネスはヤスの背中を叩いて送り出した。
ヤスも手を上げて答えてから裏門に向かった。
ヤスが裏門から出ると、リーゼはFITの周りをぐるぐる回っている。触るようなことをしていないのは、アーティファクトで何があるのかわからないからなのだろう。
「リーゼ。おまたせ」
「遅いよ!おばさんとの話は終わったの?」
ヤスは、裏門から出て扉を閉めて鍵をかける。
鍵に付いている紐に指を通して器用に回している。
「あぁ終わった。リーゼの秘密を聞いただけだから気にするな」
「えぇぇぇぇ!!僕の秘密?え?なに?教えてよ!」
「教えてもいいが、そうしたら、リーゼは俺と一緒の部屋で寝ることになるぞ?いいのか?」
「え?もともとそのつもりだよ。宿泊代がもったいないし、1泊だけだよ?あっ身体を拭く時には外に出てもらうよ!?」
ヤスは頭を抱えてしまいたくなった。
警戒心を持たせて別々の部屋に泊まる事を考えていた。ヤスはせっかく領都に行くのだから娼館デビューをこっそりと考えていたのだ。日本の箱ヘルとは違うのだろうと考えて少しだけワクワクしていたのは内緒だ。リーゼが一緒の部屋だと抜け出す事が難しいだけではなく、抜け出した事がばれたときのリーゼの反応やアフネスからの追求を考えると面倒だという気持ちが先に出てしまう。
「リーゼ。俺が男だって事を忘れていないか?」
「忘れてないよ?なんで?」
「あぁ・・・。わかった、もういい。裏門も閉めたから・・・。行くか?」
「うん!でも、ヤス。どうやって乗るの?」
ヤスは不思議に思った。
この子はバカなのではという思いも出てくる。
(この前乗っただろう?)
(そうか、ドアの開け方がわからないのか?そうだ!)
ヤスは、運転席のドアの取っ手にあるボタンを押した。ミラーが自動で開く。
リーゼは、ミラーが動いた事で少し距離を取る。
「リーゼ!」
「なに?」
「ドアの取っ手が有るだろう。それを握って引っ張ってみてくれ」
「爆発したりしない?何か、魔法がかかっているよね?」
「爆発したりしないし、魔法もかかっていない」
「本当?」
ヤスは少しだけ心配になって助手席側に移動した。
ヤスは、リーゼの手を取っ手に誘導した。
「ヤス?」
「リーゼ。そのまま、取っ手を握って、引っ張ってみてくれ。リーゼなら開けられると思う」
「本当?」
リーザが少しだけ力を入れて取っ手を引っ張ると、ドアが開く音がした。
(リーゼなら開けられるのだな)
”個体名リーゼは、神殿の入場が許可されていますので、ディアナへの接触も許可されています”
「乗れよ」
ドアを持ったまま固まっていたリーゼに声をかける。
「うん!」
「乗ったら閉めろよ。足には注意しろよ。あと、服も挟むなよ」
「わかった!」
馬車に乗る時にも服や足には注意しなければならないので、挟むことなく自分でドアを閉められた。
何が嬉しいのか、リーゼは顔がにやけている。FITに乗り込んで、ヤスを見る目がまた嬉しそうだ。今日は、髪の毛もアフネスにセットしてもらったのだろうか、エルフ族の特徴である耳を隠して可愛い髪型にしている。
ヤスは
”マスター。後部座席を倒してトランクルームを広くして荷物を出すことをおすすめします”
”なぜだ?”
”マスターの知識から、領都に入る場合には荷物を見られる可能性があります。荷物が無いと怪しすぎます”
”たしかにな”
「リーゼ。少し待ってくれ」
「ん?何か忘れ物?」
「あぁ違う。違う。後ろに荷物を積み込んで起きたいと思っただけだぞ」
「僕も手伝うよ?」
「いいよ。すぐに終わる」
ヤスは、降りて後ろに回った。
エミリアに指示をして荷物を置く。箱のような物もダーホスから貰っていたので、そのまま使う事にした。
リーゼが身を乗り出して後ろを見ている。何が珍しいのかわからないのだが、ガン見している。
荷物の積み込み?は、5分くらいで終了した。
ヤスは運転席に戻ってシートベルトをする。
「ヤス・・・」
「できるだろう?」
「うぅ・・・」
少しだけ甘えるような声を出して、ヤスを見つめる。
「わかった。わかった」
ヤスは自分のシートベルトを一度外して、リーゼのシートベルトをしてやることにした。
リーゼのシートベルトがはまった事を確認して、自分のシートベルトをしてエンジンをスタートした。
「一旦、正門に出て、イザークに鍵を返してから、領都に向かうからな」
「うん!」
荷物を積んでいるので、ヤスはゆっくりと方向を変えた。
ナビの同期が終了しているので、スマートグラスは今は使っていない。高速走行が必要になったら使うつもりでいるのだが、今は必要ないと思っている。
ナビには、近隣の地図が表示されている。
赤く光る点がない事から、敵対する
正門について、ヤスは裏門の鍵をイザークに返した。
「ヤス。領都まで行くのだよな?」
「あぁ」
「無事に帰ってこいよ」
「もちろん。まだまだやりたい事があるからな」
「ハハハ」
鍵を返して、FITに乗り込んでシートベルトをした。
「リーゼ。道案内を頼むな」
「うん!任せて!」
ヤスもこの時点では、リーゼの道案内をあてにしていた。
それが崩れたのは、走り出して2時間ほど経ってからだ。
「ヤス!ヤス!あれ何?」
「リーゼ。俺が知っていると思うか?そもそも、道は合っているのか?」
「合っているよ!おばさんにも確認したから大丈夫!」
前回リーゼを拾った場所からユーラットまでの道はディアナが覚えていた。そのために、ナビには道が表示されている。
そして、初めてのY字になっている場所が見えてきた。
「リーゼ。どっちだ?」
ナビのルートでは右を指している。
リーゼは、迷いながら”左”を指した。
ヤスは絶望した表情で、ハンドルを”右”に切った。