第六十九話 乙女たちの交錯(前編)
あれから月日は流れ、もう2月になっていた。虎牙は俺の言ったことを守ってくれているようで、ほぼ毎日咲に顔を出している。仲のほどは……まあ、前よりかは進歩しているみたいだが、咲からの虎牙への当たりは未だに強い。
3年は自由登校となり、学校には3年はほとんどいなくなり、俺も前よりかは平穏な日々を取り戻した。そして、今日は2月も中盤、14日である。
―――俺は朝の日課を終え、家で朝食をとると、身支度を整えいつものように学校へ向かった。2月とあり、凍てつくような風が俺の肌に突き刺さる。この時期だけは、自転車での登校は避けたいと常々思う。
校門付近に着くと、俺は自転車を降り歩いて学校へ向かった。一応学校の中は自転車に乗るのは禁止されているし、みんな学校付近になると自転車を降りているから俺も何となく降りている。それに、時間にも余裕があるし。
だが、今日はいつもとは違い、登校している女子たちは手に紙袋を持参し、男たちはそれは見てソワソワしていた。理由はわかっていた。
バレンタインデー
正直、テレビを見るまでそのことをすっかり忘れていた。興味がない……わけでもないが、今はそれどころではないし、あんまり期待もしていなかった。だが、なぜか毎年2つはチョコを貰う。
1人はお母さん。来年はいらないと毎年いっているんだが、毎年貰う。手作りでないのが、せめてもの救いだ。
2人目は……誰だかわからない。毎年、机の中とか下駄箱の中に一言二言の手紙を添えて入っているんだが、肝心の名前はわからない。でも、筆跡から毎年くれるのは同一人物だということはわかったんだが……
今年も入ってるんだろうか、そんなことをぼんやりと思いながら校門へと近づいていく焔。近づくにつれ、焔はちょっとした異変に気付く。
やけにざわついてるな。何かしらのイベントでも起こってんのかな?
生徒たちが校門付近で何かを見てざわざわしている。焔も気になり、懸命に背伸びをし何があるのか確認する。すると、一人の女性が校門前で立っているのがわかった。
誰だ? 先生じゃないよな?
考えを巡らせながら、近づいていく焔。そして、その女性をはっきりと確認できる距離まで近づいた時、思わず焔は声を漏らしてしまった。
「え? マジで?」
その瞬間、女性と目が合ってしまった。その女性は笑顔になり、
「焔ー!! 久しぶりー!!」
そう言って、元気に手を振る。焔が反応するよりも前にその場にいた全員の視線が一気に焔に集まる。年上のきれいな女性が無邪気に手を振る姿……男子たちは殺意ダダ洩れでいつ焔に襲い掛かるか分からないような状態になっていた。
やばい。俺……死ぬかも。ここは穏便に対応すれば……
「ま、摩利さん……ご、ご無沙汰しております」
摩利。俺と会長が遊園地に行ったとき、なんやかんやで知り合った人である。(第58話、59話)
頼むから摩利さん、もう油を注がないでくれよ。
「えー、何その他人行儀みたいな口調? 私たちもうそんな関係じゃないじゃん……ね、焔?」
はい、揚がったー。カラッと揚がっちゃったよ。何で、そんな恥ずかしそうな顔で言うの!? あんたそんなキャラだったっけ? 完全にここにいる皆誤解したよ。もういい。早く用件済ませて帰ってもらおう。
「で、なんでわざわざこんなところに来たんですか?」
「あ、そうだったそうだった」
そう言って、摩利はバッグの中から丁寧にラッピングされたハート形の箱を焔に渡す。
「あ、あのーこれは?」
引きつる顔の焔に摩利は満面の笑みで、
「手作りチョコよ」
「あ、そうですか」
終わった。
「何? 反応薄くない? お姉さんが愛情込めて作ったんだからもっと嬉しそうにしたら?」
「い、いや嬉しいですけど……何でわざわざ俺に?」
「んー……助けてくれたお礼ってこともあるんだけどー」
そう言って、摩利は少し恥ずかしそうに笑うと、
「私が今一番惚れている男だからかな」
言い終わると同時に、焔のおでこを人差し指でツンとつつく。焔はもう放心状態だった。
「それじゃあ、後で感想教えてね。バイバーイ」
そうして、嵐は去り一時の静寂が訪れる。焔はゆっくりとチョコをカバンの中にしまうと、自転車にまたがる。
学校の中は自転車禁止? 命にかかわる場合は別に良いよね? 良いよね?
焔は全力でペダルをこぎ出した。それと同時にその場にいた男子たちは、
「やつを血祭りにあげろー!!」
「おおおおお!!」
物凄い勢いで追いかけだした。
どうしてこんなことになるんだよー!!
学校内はプチお祭り状態となり、挙句の果てには体育教師すら敵に回ってしまった。
「生徒の分際で、あんな年上の女性とどうやって知り合いになったんだー!! 教えろー!!」
「あんたは何なんだよ!!」
摩利さん。早くいい男見つけてくれー!!
焔の逃走劇はHRが始まるまで続いた。