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 グラウンドの異常に気付いたのは三上たちのクラスだけではないのだろう。その証拠に廊下が騒々しくなってきた。
 片岡と同じまともに見てしまった者もいるのか、泣き叫ぶ声や興奮しながら説明する声、状況を把握できず楽しそうに笑う声まで聞こえる。
 このクラスだけ制しても仕方ない。じきに『あれ』が人を求めてここに来るだろう。
 聖徳がクラスメートたちを教室の中心に集めた。
「なんや知らんが化けもんがみんなを襲ってる」
 聖徳のかすれた声をほとんどのクラスメートが嗤った。
「うちも見た」「いや、ほんまやて」「頭から咥え込んでた」と窓際にいた男女が口々に応戦するが、それ以外はみな顔を見合わせ緩んだ顔を引き締めない。
 放心状態の片岡を支え三上は、
「今は信じられないかもしれませんが、とにかく逃げましょう。くわしい説明は後です」
 いつにもまして霊妙さを醸し出している三上に、まず日野がうなずき、村島の肩に手を置いた。
「またまたぁ日野まで。俺は騙されへんで」
 そう言って日野の手をはたく。だが、村島の身体は小刻みに震えていた。信じられないというより信じたくないのだろう。三上は村島がビビりだということを思い出した。
「どこへ逃げるつもりや?」
 聖徳に信頼の目を向けられ、
「とりあえず、邪櫃神社に行きます」
 と答えたものの、自分でもそれが得策なのかわからない。神社に帰って父と合流すれば何か突破口があるだろうと考えた。
「よしわかった。ここはお前に任せる。お前らも三上に協力してくれ」
 聖徳は日野と村島に目配せし教室を出るとA組のほうに向かって廊下を走っていく。他の教師たちに指示を出していたが、すぐ「鈴木先生、待って。行ったらあきません。行くなって。みんなも落ち着け。グラウンドに出るなっ。行くなっ」
 制御不可能による聖徳の悲痛な叫びがした。
 それでも残っている生徒たちを誘導しているのだろう。
「ここから非難するから慌てんな。落ち着いて行動せえ。そこっ、その子の悲鳴止めろっ」
 と制する声が聞こえる。
 だが、「二階に上がって来てるぞっ」と誰かの悲鳴と共に、E組の前を逃げる生徒たちの足音に聖徳の必死の誘導がかき消されていく。
「泣くのはやめてください。素早く行動できませんよ」
 抱きしめ合って泣いている女子たちに三上は冷たい声で言い放った。
「んなこと言うてもわけわからんし、怖いん当たり前やろ」
 桧川芳が眼鏡の奥から鋭い眼で三上を睨んだ。この状況に怯えることなく、震えて泣く女子たちをしっかり束ねている。
 村島と日野もその言葉にうなずいた。
「こんなとこで言い争うつもりはないです。さっさと行きましょう」
 目もくれない三上に桧川が舌打ちし、唇を尖らした村島は喧嘩腰で一歩前に出た。慌てて日野が二人を押さえる。
 そこへ顔を紅潮させた聖徳が教室に飛び込んできた。
「東階段から上がってきてるらしい。はよ逃げよっ」
 東階段はA組の横だ。みなこっちに向かって走ってきたのはそのせいだったのだろう。
「桧川さんと村島君、それに日野君も。みんなを西階段から外へ誘導してください」
 三上はそう言いながら、まだ呆然としたまま動かない片岡の頬を軽くはたく。
「片岡君、しっかりしてください」
 桧川、村島、日野はまだ気を保っている男子たちと協力し合い、怯えて動けない生徒たちを支え教室を出る。
 聖徳は東階段のほうを見張るように廊下に立ちふさがって、西階段に向かう生徒たちを誘導した。
「三上、はよせえ」
「片岡君っ」
 三上は陸上部のエースの頬を強く叩いた。
「うわああああっ」
 叫び出した片岡の口を塞ぎ「しっかりしてください。大声を出さないで。『あれ』が来ますよっ」
「あれなんや、あれなんや、あれなんや」
「それは後です。今は逃げることが先決です」
 まだふらついている片岡に肩を貸し、三上と聖徳はみなのすぐ後に続いて西階段へと曲がった。その寸前、二人は後ろを振り返った。
 廊下にはもう誰も残っていなかったが、東階段から上って来た人の手が見え、二人は顔を見合わせた。
 徐々に姿を現した者は捩れた校長だった。ぎこちない動きで廊下に出、三上たちを見るやぎくしゃくと向かってきた。
 慌てて西階段を降りる。
 校舎を出た渡り廊下に一年生や三年生たちに混じり桧川、村島、日野たちクラスメートが留まっていた。
 霧が濃くなり外の視界が悪くなっている。綿あめのように粘着く霧にみな一歩踏み出すのを躊躇しているようだ。
「はよ逃げよっ。後ろからくるぞ」
 聖徳の声にみな悲鳴を上げて散り散りばらばらに逃げ出した。
「神社に向かってください」
 三上の声に日野たちがうなずき、まだ微かに見える校門に向かってE組生徒が走り始める。
 階段を転がり落ちて来た完全に前後逆になった校長が廊下の片隅で震えて動けない女子の一人を見つけ咥え込んだ。
 片岡を抱えなす術もない聖徳が唇を噛み締める。
「仕方ありません。この隙に早く行きましょう」
 化けもんは校長の身体を捨て女子に寄生し始めていた。
 三上たちはグラウンドを横切り門に向かって走った。
 人皮をまとう化けもんは素早く動けない。この霧は人が逃げないための網なのだろう。あの貪欲さですべての人を喰らうつもりなのか――
 なんでこんなことになったんだ。
 三上は完全に凶事に巻き込まれた我が身を嘆いた。

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