第243話 死神ちゃんと名付け下手
禍々しい光の中から、筋骨隆々の青い悪魔が現れた。赤い山羊顔の悪魔よりも高位の存在であるそれは立派な角と牙を持ち、ドラゴンのような力強い翼と尾を有していた。
悪魔はおもむろに腕を前方へと突き出すと、厳かに呪文を唱え始めた。死神ちゃんはその様子を呆然とした面持ちで見つめていた。
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死神ちゃんは前方に、見るからに貧弱そうなパーティーを発見した。どうやらそれが〈
死神ちゃんは彼に向かって急速飛行すると、彼の額をひと叩きしながら目深に被っていたフードを剥いでやった。すると小柄な彼は猿のような顔を露わにし、これまた猿のようなキーキー声で悲鳴を上げた。
* 召喚士の 信頼度が 3 下がったよ! *
召喚士の彼が慌ててフードを被り直すと、仲間達が何とも言えない気まずそうな顔で彼をじっとりと見ていた。彼が戸惑いながら首を傾げさせると、仲間達は口々に落胆の声を上げた。
「普段はほとんど喋らなくて、召喚呪文を唱えるときにはとても低くて渋い声を出しているから、ダンディーなおじさまかと思っていたのに」
「俺は、背丈が可愛らしいから、魔法で声を男性に変えた胸キュン女子がそのローブに包まっているものと思っていたよ」
「なんていうか、予想を裏切られたよな。すごくがっかりだよ」
僧侶の女性は自身を抱きしめるかのように腕を交差させると、戦士をドン引き顔で見つめて「胸キュン女子?」と呟いた。死神ちゃんも、彼女と一緒になって体中の肌を粟立てた。戦士の彼は顔を赤らめると、目を剥いて必死に弁明した。
「こんな殺伐としたダンジョン生活を行っているんだから、少しくらい夢を見て癒やされたいだろう!?」
「でも、その〈夢〉の対象をパーティーメンバーに指定するのは、どうかと思うぞ」
死神ちゃんが顔をしかめると、召喚士も「そうだそうだ」と不機嫌を露わにした。しかし彼が抗議の声を上げるたびに、パーティー内からため息が漏れた。
彼らは長いこと専業冒険者をしているそうなのだが、どの者も見た目通りに貧弱だという。そのためパーティーから外されてしまったり、そもそもパーティーすら組んでもらえなかったりしていたそうで、つまるところ彼らは〈寄せ集め〉の集団だった。
「貧弱と言っても、たんに装備が整っていないってだけで、これでもそこそこ強いんだぜ。じゃなきゃあ、長いこと専業で冒険者なんてできていないからな。――なんて言ったら良いのかな。今までパーティーを組んだやつらとは、相性が悪かったっていうか。だから、人一倍経験を積むことができず、装備も整わずだったっていうか」
「たしかにそれはあるかも。今は結構しっくり来ている感じがあるわよね。おかげさまで冒険者としてのレベルも上がってきて、戦闘も楽になってきたし。全然奥に進めなかったのが、ようやく先へと進んでいけるようにもなってきたし。だから、今は毎日が楽しくて楽しくて」
「先に進むのも楽しいけれど、そろそろきちんと装備も整えていきたいよな」
そんなわけで彼らは本日、四階にあるアイテム掘りスポットを目指しているのだという。確かに彼らの戦闘はもたつくところがありはするものの、他の冒険者たちと比べてかなり劣るということもなく、それなりのレベルではあった。しかしやはり経験不足と装備の弱さが足を引っ張っているようで、彼らはひとたび劣勢となるとすぐに音を上げ始めた。
「召喚士、頼む!」
戦士が悲鳴をあげるかのごとく助けを乞うと、召喚士は頷いて呪文を唱え始めた。すると、どこぞの中二病者が喜びそうな、難解な文字や記号が並んだ魔法陣が宙に出現した。そして真っ二つに亀裂が入り、まるで扉が開くかのごとく左右に魔法陣が開くと「あら、どなた?」と言いながらおばあちゃんが一人出てきた。
「トメ! よく呼びかけに応じてくれた! あの敵をどうか、やっつけてくれ!」
「仕方がないわねえ……」
トメと呼ばれたおばあちゃんはため息をつくと、丸めていた背中をスッと伸ばした。すると、トメから恐ろしいほどの殺気が蒸気のようにゆらゆらと立ち昇った。
トメはお手製のいちごのショートケーキをまるで爆弾のように投げつけながら、相当数のモンスターと相対した。凄まじいまでの強さを見せつけていたトメであったが、戦闘終了後には結構な疲れを滲ませていた。
「えっ、おばあちゃん、もう帰っちゃうの? 私、寂しい! まだ一緒にお茶も飲んでいないのに!」
「そうは言ってもねえ、僧侶ちゃん。わたしゃ、もう疲れたわよ」
「そんなこと言わずに、残ってくれよ、トメさん!」
トメに縋り付く彼らを、死神ちゃんは呆れ顔を浮かべると「ご老体に鞭打たせるなよ」と窘めた。トメは彼らに「またおいで!」と別れを惜しまれながら、姿を消すように自分の世界へと帰っていった。
召喚士は意外と腕利きのようで、トメ以外とも召喚契約を結んでいた。次に呼ばれたのは鬼の角を生やしたナイスバディーの女の子だった。
「さあ、鬼嫁よ! トメが帰ってしまった今、お前だけが頼りだ! トメの分まで、しっかりと働いてくれ!」
「あんたが契約しているあのおばあちゃんは、別にうちのお姑さんじゃあないんだけれど」
鬼嫁は眉根を寄せると、召喚士を睨んだ。死神ちゃんは顔をしかめると、鬼嫁を見上げて首を傾げた。
「もしかして、トメって、姑を略してトメなのか?」
「そうよ。うちは鬼族で既婚者だから、鬼嫁なんですって。酷いネーミングだと思わない? ダーリンに愚痴ったら『そいつはいいや』って皮肉っぽく笑ってたわね。――誰が鬼嫁よ!」
鬼嫁は顔を真っ赤にして怒ると、召喚士に向かって雷を落とした。しかし召喚主にはダメージを与えることはできないようで、彼は多少体が麻痺したものの、傷は負ってはいなかった。彼の仲間たちはビリビリとしたものを発しながら痙攣している召喚士を見つめて苦笑いを浮かべると、少し休憩しようと提案した。
召喚士が呼び出すことができるのは一度に一人だけのため、鬼嫁と呼ばれた彼女は他の契約者と会ったことはないそうだ。しかしながら、休憩中にパーティーメンバーと会話する中で他の契約者のこともよく耳にするという。それによるとどうやら、他の契約者もかなりひどい愛称で呼ばれているらしい。
「こいつ、本当にネーミングセンスが無くて! おばあちゃんだから〈姑〉とか、見た目が
鬼嫁は抱きかかえた死神ちゃんの頭に顔を埋めながら、悲痛な叫びを小さく上げた。
「次の契約更新では、絶対に更新しないんだから!」
「へえ。契約は永年ではなく、更新制なんだな」
「うん、三ヶ月ごとに」
「まるで派遣社員だな」
死神ちゃんが鼻を鳴らすと、彼女はため息をついた。どうやらこの〈召喚契約〉というのは本当に〈派遣業〉のようで、彼女はある者を通じてこの召喚士を紹介された際、彼の提示した条件が自分のライフスタイルに合致していたため契約を結んだという。今までは〈割のいいアルバイト先〉と考えて鬼嫁と呼ばれることも我慢していたそうなのだが、そろそろ肝に据えかねているらしい。
休憩を終え、再び探索を再開した彼らはさっそく敵と遭遇した。鬼嫁はお得意の落雷攻撃で敵を一蹴すると、そろそろスーパーの安売りの時間だからと言って帰っていった。しかし彼女は敵の全てを倒しきってはいなかった。むくりと立ち上がった強敵におののいた面々は、召喚士に更なる召喚を依頼した。
彼が頷いて呪文を唱えると現れた魔法陣の裂け目から禍々しい光が溢れ、中からグレートな悪魔さんが現れた。
「さあ、ゆけ! ゴロツキよ! 残った敵を一掃してくれ!」
ゴロツキと呼ばれた悪魔は静かに手のひらをモンスターへと差し向けると、闇の炎で焼き尽くした。死神ちゃんがそれを呆然と見つめていると、戦い終えた悪魔が嬉々とした様子で死神ちゃんに駆け寄ってきた。
「まさか、人気アイドル
「はい……?」
にこやかに目を細めて手を差し出してくる悪魔を、死神ちゃんは思わず怪訝な表情で見つめた。すると悪魔は身を寄せてこそこそと耳打ちをしてきた。
「いえ、実はですね。私の家族が
「それ、全種購入特典でもらえるシークレットじゃあないか! どういうことだよ! 俺はこの世界から出ていけないのに、俺の名は他の世界にも轟いているだなんてさ!」
死神ちゃんは驚愕しつつも、求められた握手に応じた。そしてふと、しかめっ面から真顔にになってポツリと呟いた。
「ていうか、ゴロツキ? お前、とても良いやつそうなのに」
「ええ、私は善良な悪魔ですよ。ゴロツキだなんて、そんな。失礼かつ、センスのないネーミングですよね。見た目だけで決めつけないで頂きたいものです」
悪魔に善良も何もあるのかと思いつつも、どの種族の者も〈転生前の世界でファンタジー物語として想像し描かれていたのとは、性格も実態も異なっている〉ということを死神ちゃんは思い出した。例えば、悪の権化のような扱いを受ける妖艶なダークエルフはたんに肌の色が浅黒いだけだったし、お話の中の黒エルフのような腹黒さをもつ白エルフにだってたくさん出会ってきた。吸血鬼だって、その一族に転生したアリサ曰く〈不死というわけではなく、不死と思えるくらいに長生き〉というだけだそうだし、夜型の生活が得意だから朝日に弱いだけてあって、別に太陽の光で消滅するということはないという。――召喚士のネーミングもそうだが、その者の性質をきちんと把握せずにイメージだけで決めつけるのは良くないことだよなと、死神ちゃんは改めて思った。
そんなことを考えながら死神ちゃんが苦笑いを浮かべていると、召喚士が悪魔さんに声をかけてきた。その際に、彼は死神ちゃんのことを〈ふてぶて幼女〉と呼んだ。どうやら〈口の悪い、ふてぶてしい幼女〉と言いたいらしい。死神ちゃんファンの悪魔さんはそのことが頭にきたようで、召喚契約を無理矢理に破棄すると彼を消し炭にしてしまった。
白い雲のような煙をもくもくと上げている灰を尻目に、悪魔は物腰柔らかに「では、またいつか。会う機会がありましたら」と死神ちゃんに挨拶すると、自分の世界へと颯爽と帰っていった。苦笑いで彼を見送った死神ちゃんは、彼の姿が見えなくなると盛大にため息をついた。そしてそのまま、壁の中へと姿を消したのだった。
――――主従関係もネーミングも、皮肉めいていても許されるのは、ある種の信頼と愛があればこそ。ただ口が悪いだけなのは、災いを生むだけなのDEATH。