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とりあえずあんぱん①

 エリーが提案してからしばらく、ロイズやヴィンクス、ルゥからの伝書蝶が届かぬまま時間が流れていく。

 彼らがスバルの店に来る事もなければ、エリー本人も一向に訪ねて来ない。

 ラティストは少し不満がっていたが、祖父のパン屋に勤めてから問屋同士のやり取りを見てきたスバルは、焦る事はないとのんびりポーションパン作りをしていた。

 今日も今日とて、酒種がなくとも代用しようと試行錯誤している『あんぱん』作りに。


「…………ロイズは何をしているんだ」


 その日も、朝から生地作りから研究しようとしたところ。

 ラティストが不満を剥き出しに、珍しく表情に出して呟いていた。


「待とうって言ったじゃない」
「キュー」
「だが、遅い。ヒトと言うものは、こうも時間をかけるものなのか」
「僕達のパン作りだって、時間かけるよ?」
「それとこれとは別だ」


 どうやら、食に関しては別らしく。他の事については迅速に事を運ばねば気が済まない大精霊様のようだ。

 たしかに、もう数日経つので何かしら誰からか返事があってはいいものの、一向にないのは少し心配ではあった。

 現代日本と違い、電話や電子機器による連絡手段はないけれど、似たような方法は魔法で出来る。

 何かあったかもしれない、といい加減思った方がいいだろうか。


「伝書蝶、飛ばす?」
「今日の納品、直に行ってくる。ついでに聞いてこればいい」
「ダメ。君その態度じゃ、ロイズさんと口論しそうだから」
「…………だが、あの少女。それっきり来ないのはおかしいだろうに」
「そうだけど」


 普段は冒険者として活動しているから、何かしら依頼を受けているのかもしれない。

 提案してくれた食材などの採取、納品、捕獲など。

 冒険者は日々の生活を送るために、固定職なスバルとは違ってなんでもこなすプロ。

 エリーを含む彼らの職業は、日本しか知らないスバルにとっては危険と隣合わせだろうけれど、やり甲斐のありそうな印象を持っていた。

 だが、戦闘力が皆無に等しい細身のスバルでは、腕力は多少あっても攻撃力には繋がらないだろうから諦めている。

 さて置き、パン屋のようなルーティンワークとは違う職業上、きっと時間がかかるのも無理ないと思っていた。


「エリーちゃんの事をずーっと考えておくのは、今やめておこうよ。今日こそ来るかもしれないんだから」
「昨日も聞いたが?」
「……揚げ足取らないで」
「スバルを揚げてないが?」
「ことわざって、言葉の使い方」


 そう言えばそうだったと、少し反省しながら生地専用の冷蔵庫からあんぱん用に仕込んだのを出す。

 麻布の下から出てきた卵色の生地は、艶やかで美しい。ボウルごと出して、スバルはラティストと分割作業をする事に。


「いつもと同じか?」
「うん、50g」
「キュー」
「サクラはじっとしててね?」
「キュー」


 ラティストが以前の棲家で一等気に入り、長い間共に過ごしていたとされる咲き狐。

 あの時、スバルがラティストと出会った時は棲家から離れてたのと、分けてあげたパンの味に彼が夢中になってついてくと決めてしまい。

 そのまま本当にパン屋に居ついて、あまつさえ副店長と言う名目で側にいる事になったが、サクラはひと月も忘れられていた。

 サクラ自身は、見たところ深くは気にしてないようだが飼い主だったラティストと一緒に住めるだけで満足のようだ。

 大人しく、ラティストの結界のお陰で毛や汚れは付着しないので作業台の隅で丸くなってもらうのが定位置になった。


「軽く丸めて、寝かせてる間に……お汁粉食べる?」
「キュ?」
「サクラ、実に美味い汁物だ」
「キューキューっ」


 スバルには鳴き声だけしか聞こえないので、サクラとの意思疎通は出来ない。

 ラティストの魔法で交信も可能にはなるらしいが、今はまだサクラが完全に懐いてくれてるかわからない状態。

 いきなり動物と話せるのも夢物語が叶うようで嬉しいが、今しばらくは様子見とスバルは決めた。

 実家では、ハムスターすらも飼えないくらいの環境だったので、もう少しだけペットが家にいるような状況を楽しみたい。サクラは、ペットではないけれど。


「白玉何個いるー?」
「あるだけ」
「キュキュ」
「む、少しは分けるぞ」
「キュー、キュッキュッ」
「サクラはいくつって?」
「……食べやすい数で良いそうだ」


 なら、初めてなので三個くらいにしておこう。

 事前に湯がいておいた、赤子の手よりも小さな白玉を器にそれぞれ入れ、鍋で温めた汁粉をゆっくり注ぐ。

 熱々に見えるが、少しぬるめに温めただけだ。スバルもラティストも猫舌なために、その温度にしてまでで。

 サクラにもちょうどいいかもしれないと、底の浅い器に入れた汁粉を出せば、興味有り気にすんすんと鼻を動かした。


「ゆっくりお食べ? 白いのが白玉って、お団子って食べ物。それだけはよく噛んでね?」
「キュキュ」


 だが、箸もスプーンも持てない狐の手なため、口ですくい上げようにも白玉が逃げてしまう。

 無理もないので、スバルがスプーンですくって口元に持っていくと、サクラはすんすんと鼻を動かしてから口を開けた。


「はい」


 ゆっくり入れてあげれば、サクラはスバルが言いつけたとおりによく口を動かして食べていく。

 心配してた喉に詰まらせることもなく、ある程度噛み砕いたところで飲み込むと、ふさふさの尻尾を大きく動かした。


「キューッ、キュキュキュッ!」
「美味かったそうだ」
「良かった。お汁も甘いから飲んでみてね?」
「キュキュ」


 その後は、スバルではなくすでに食べ終えたラティストが食べさせてやり、束の間の休息タイムで和んだ後からがあんぱん作りの本番。


「まずは、この特注で作ってもらったあんべらで」


 充分冷め、手製の水飴を練り込んで固くなった餡子を適量すくう。

 これを、平たく丸く伸ばした生地に乗せ、少し包むように押し付ける。へらの方には力を入れずに、あくまで表面を滑らかにさせるだけ。

 それを数回繰り返してから、用意した生地に餡子を分けていく。


「分け終えてからの方が、生地にも負担が少なくて包みやすいんだ」
「ウスカワ、になりにくいためか」
「そうそう。ドリュール塗っても上手く焼けにくいから」


 菓子パン、もだが生地の中に具材を包む日本式のパンについては総じて『焼き方』が本場フランスとは大きく異なる。

 饅頭のような『包餡(ほうあん)』と呼ばれる特殊な技術を使い、穴を開けずに具材をパンの中に入れられる方法。

 スバルの祖父も、昭和時代から修行を重ねてこの技術を会得し家族に伝え、孫のスバルも専門学校で習う技術以上に叩き込まれた。


「餡子を入れる時は、優しく入れるけど押し込め過ぎない事。強くすると底が薄皮になる事もあるから」


 適度に表面を均し、縁程の生地の隙間が出来たらへらを置いて周りの生地を寄せる。


「生地を持ってる手で少し寄せて上げるようにして、反対の指でつまんでまとめて……絞る」


 後はキュッと締めるように閉じれば完成だ。

 生地が緩んでいく速度が早いので、どんどんとスバルが包んでいくにつれ、ラティストの眉間のシワが寄っていった。


「……何度見ても、鮮やかだが至難の技だ」
「あはは。和菓子細工にも近いし」


 中国の点心作りや肉饅頭作りにももちろん使えるが、日本では主にパンでは菓子パンなど。菓子では代表的な練り切りのような美しい餡菓子達。

 あれらは、総じて一朝一夕で作れる代物ではない。

 スバルとて、初めての修行では随分と父達に注意を受けたものだ。ラティストも初回ではやらせてみたが、ことごとく包めるどころかへらで餡子を入れられなかった。

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