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檜皮和洋から刀根理子への電報  

 少年が手紙を書き始める1時間ほど前のことである。
 早朝の温泉町で、湯気の立ちこめる小径を歩く少年の後を、父親と思しき男が眠たげなで顔でついていく。
「息子の電報に何で付き合わなくちゃならん、コインロッカーに荷物預けてまで」
 小さなカバンをついてかついで、少年は素っ気なく答えてみせた。
「大人には分かんないよ」
「小生意気な」
 そう吐き捨てる顔は、愉快そうに微笑している。息子はというと、振り向きもしないで父親をたしなめた。
「あのままレンタカー借りとけばよかったんだよ、荷物積んどけるし」
「運転、めんどくさくなった」
 不貞腐れる子どものように父親が仰いだ空は、そろそろ明るくなり始めている。その下には、乾いた河原の中を広く浅い川が流れている。
 そこに架かる橋の上で、少年は立ち止まった。
「このまま、どこまで行くんだろ」
 橋を渡れば、さっき降りた駅に戻れる。だが父親も、少年の隣で遠くを眺めた。
「この川か?」
「僕だよ」
 川風に吹き乱された髪を撫でて振り向く少年は、寂し気に笑っている。
「どこへでも行けるさ……次の学校、卒業したら」
 言霊使いたちの情報は早い。転校先は、もう見つかっていた。だが、いささか皮肉っぽい最後の一言に、少年も、むくれたように答える。
「もう、始業式終わってるのに……転校なんて」
 ぼやく息子の頭を、父親は軽くこづく。
「今度は、うまくやれ。」
「……どうかな? 」
 少年は悪戯っぽく首をかしげてみせて、再び歩きだす。少し離れて父親が見守るその背中は、自信に満ちていた。
 少女にさっき送った電報の中身を、無言で語ってみせるかのように。

「イツカ、ムネヲハッテカエル」

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