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取り締まり

 帝国領の中央やや南東寄りにある帝都から北に数十キロ離れた場所に、第二の都市と呼ばれている巨大な街があった。その街の一角、行政機関の建物が密集している区画に、奴隷売買組織を取り締まる為に編制された組織の本部が置かれていた。

「暇ですわ」

 その本部の一室で机に突っ伏していた、薄い緑色をした長い髪の女性がつまらなそうにそう呟いた。

「ペリドット様。流石にそれは外聞に、というよりも指揮に関わりますから」

 そんなペリドットに、艶やかな藍色の髪の女性が困ったように注意する。

「今はスクレ達しか居ないではないですか」
「それはそうですが・・・」

 スクレは助けを求めて、その髪色と同色の瞳を同室に居る二人に向ける。

「ペリドット様。いつ誰が駆け込んでくるか分かりませんよ」
「・・・分かりましたわ」

 アンジュのその言葉に、ペリドットは渋々といった様子で姿勢を正して椅子に掛け直す。

「助かったよ。アンジュ」

 アンジュの近くに寄ったスクレは、小声でアンジュに感謝する。

「スクレは真面目過ぎるのよ」

 それに小さく笑ってアンジュが応えた。

「でも、ペリドット様のお気持ちも理解できますけれどね」
「どういう意味だ、マリル?」

 アンジュとスクレの近くに居たマリルの言葉に、スクレは真意を問うように首を傾げた。

「最近は奴隷売買組織の壊滅も滞ってますし、何よりオーガストさんと長い事お会いしていませんから」
「そうですわ!」

 残念そうなマリルのその言葉が聞こえたのだろう、ペリドットは三人に顔を向けて同意の声を上げた。

「折角目標が出来ましたのに、その楽しみを奪ってしまうなんて!」

 頬を膨らますペリドット。そんなペリドットに、そのオーガストが今回の奴隷売買組織壊滅の手掛かりを持ってきてくれたのだとは言えず、スクレは困ったような笑みを浮かべてアンジュの顔を見た。

「うーん。ですが、今回の件が片付いたとしても、もうオーガストさんとはパーティーが組めないかもしれませんが」
「何故ですの!?」
「え!?」

 言いにくそうにアンジュが口にした話に、ペリドットとマリルが驚愕の声を上げる。

「全く組めないという訳ではありませんが、私達はオーガストさんより先に進級してしまいましたので、この僅かなずれはパーティーを組む上で少々面倒な事になるかと」

 基本的にパーティーは一緒に戦う為に組むものだが、進級速度がずれた場合、派遣される場所が学年によって違うので、別の学年間で組む事に意味はない。
 そういう例がない訳ではないが、大半は進行速度が変わったパーティーとは別れている。組んだとしても学年が重なっている期間だけだ。もっとも、進級速度がパーティー内でずれるという事自体がかなり珍しいのだが。

「では、こちらが進級速度を遅らせればいいのでは?」

 ペリドットの言葉通りの事を行ったパーティーも、ジーニアス魔法学園の長い歴史の中には存在していた。

「それも一つの手ではありますが、お勧めは致しません」
「名に傷がつくからですか?」
「それも在りますが、一番は遅れた相手が気にしてしまうという点でしょうか」

 アンジュの言葉に、ペリドットもマリルも口を閉ざす。二人の知るオーガストという少年は、確実にそれを気にしてしまう性格をしているから。

「ですから、組めても学年が重なっている間だけでしょう。幸い、オーガストさんは単独でも何の問題もない程に強い方ですから」

 単独でも問題なく戦えるという事は、同学年の間ぐらいは組める可能性があるという慰めでもあり、そもそもパーティーを組む必要が無いという(とど)めでもあった。それに、ペリドット達四人もオーガスト抜きでも戦えるというのも問題だった。

「ああ、残念ですわ」

 アンジュの説明に、オーガストがもうパーティーを組まないだろう予感を覚え、ペリドットは心底残念そうなため息と共に言葉を零した。

「ですが、会話や一時的な共闘ぐらいなら出来るでしょうから」

 落ち込むペリドットを慰めるように、スクレが声を掛ける。

「そうでしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ」

 今にも泣き出しそうな雰囲気のペリドットに、スクレは力強く頷く。

「だといいのですが」

 そんなスクレにペリドットがそう返した時、室内に居る四人以外の可憐な声が響く。

「そのオーガスト様からお届け物ですよ」

 それは決して大きな声ではなかったものの、妙に明朗に全員の耳に届いた。

「誰だ!!」

 スクレが誰何の声を上げ、警戒しながら声がした方面に顔を向ける。他の三人も鋭い目を周囲に向けた。
 しかし、目を向けた先には壁があるだけで、何も無ければ誰も居ない。

「何処だ!?」

 スクレがもう一度声を上げると。

「うるさいなー。ここに居るだろー」

 迷惑そうな声が先程と同じ方向から聞こえてくる。それに四人は困惑するように視線をさまよわせる。

「下だよー! 気を抜きすぎなんじゃないか? それともオーガスト様以外の人間ってのはその程度なのかー?」

 その声に従い四人が視線を下げると、そこには床に立つ、身長十五センチ程の何かの姿があった。
 床に立つその何かは、まるで小さな人に見えた。それも、よくよく見てみればペリドット達四人が知っている人物に似ているような気がする。

「お前は何だ!?」

 腰に差している剣の柄に触れるか触れないかの位置に手を置き、警戒しながらスクレがその小人に問う。

「だからさっきから言ってるでしょ、オーガスト様からの預かり物があるって!」
「オーガストさんからですか?」

 可憐な声で小人が口にしたオーガストの名に、僅かに警戒を緩めたペリドットが小人に声を掛けた。

「そ、この魔法球と地図」

 小人はどこから取り出したのか、その小さな手に魔法球と、丸められた身長よりも長い紙を持ってそれを四人の方へと差し出す。
 四人はその差し出された二つの品に目を向ける。

「分かった。ならばそれらをそこに置いて何処かへ行け」

 警戒しているスクレのその言葉に、小人は微かに殺意にも似た苛立ちの籠った雰囲気を醸しだす。

「・・・オーガスト様から預かった品を床に置けと?」

 本当に僅かではあるが、小人のその変化した雰囲気に四人は寒気を覚えると同時に、心の底から理解する。これは絶対に怒らせてはいけない類いの相手であると。

「・・・いや、こちらで受け取ろう」
「始めからそうすればいい。臆病なのはいいが、相手を見て行動しないと身を亡ぼすよ?」

 スクレは慎重な歩みで近づくと、身長十五センチ程の相手に会わせる為に片膝を折る。

「有難く受け取れ」

 スクレが差し出した手の上に、小人は丁寧な手つきで魔法球と地図を置く。

「確かに渡したからね」

 スクレが魔法球と地図を受け取り立ち上がると、それを見届けた小人はそう言い残して消えるようにして去っていった。

「何だったのだ、今のは」

 先程まで小人が立っていた場所に目を向けながらスクレがそう呟くが、それに対する答えをその場に居る誰も持ってはいない。

「そ、それよりも、オーガストさんからのお届け物だというその二つを確認してみてはいかがでしょう?」
「・・・そうですね」

 重い空気を払拭するように発したペリドットの明るい声音に、スクレは頷き手元の品々に目を向ける。

「まずは地図ですが」

 近くの机の上に魔法球と地図を置くと、四人は机を囲んでそれに目を向ける。
 スクレが丸められた地図を机の上に広げると、それはどうやら帝国領だけを大まかながらも要点を捉えて描いた地図の様で、そこら中に点が打たれている。

「この点はなんでしょうか?」

 その不明な点に、マリルが首を傾げる。

「何かを示しているのでしょうが、よく分かりませんね。それに、この円は何を表しているのでしょう?」

 アンジュが一つだけ書かれていた円を指差す。

「・・・魔法球を確認してみましょう」

 スクレは前にオーガストから列車で渡された魔法球と奴隷売買組織の内部資料の事が頭に浮かび、一瞬この場で記録を確認してもいいものかと悩んだが、確認しない事には始まらないと魔法球を起動させた。

「オーガストさん?」

 起動させると、一人の黒髪の少年がその姿を浮かび上がる。

『お久しぶりです。オーガストです――』

 数ヶ月前とどことなく雰囲気が変わったような気もするその少年は簡単な挨拶を述べると、地図に書かれている点についての説明を始める。その説明の内容は、点が示すところが全て魔物の巣というあまりにも衝撃的な内容で、スクレは思わず机の下で拳を握る。

「なんて事を――」

 しかも、魔物の巣だけではなく、続いて円が頭目の潜伏場所を示している事も説明され、その後の言葉もまるで狂言のような内容ではあったが、オーガストという少年を知っている四人はそれが嘘だとは微塵も思えなかった。
 一通り説明を終えると、オーガストは最後に思い出したかのようにこう付け加える。『それと、この魔法球は再生後に自壊しますので悪しからず』 と。
 そこで記録の再生が終わると、オーガストの最後の言葉通りに魔法球の形が崩れ、幻だったかの様に消滅した。

「・・・いかが致しますか?」

 スクレはペリドットに判断を仰ぐように声を掛ける。そこにはオーガストの言葉を疑っているような色は無かった。

「先日同様に潰さねばならないでしょう。このまま魔物を解き放たれては、帝国は大混乱に陥ってしまいます」

 地図に打たれている点の位置は、その大半が村や街などの人が集まっている場所やその近くに在った。中には帝都の傍にも点が打たれている。

「一気に襲撃するには魔法使いの数が足りませんね」
「シェル様にも協力を仰ぎますわ」
「でしたら、首魁フラッグ・ドラボーの方はいかが致しますか?」
「そちらをシェル様に御任せした方が確実だとは思いますが?」

 スクレとアンジュの言葉に、ペリドットは少し考える。

「そうですわね。直ぐにシェル様にご連絡致しましょう。魔法使いと兵士の手配はスクレ達に任せますわね」
「御任せ下さい」

 ペリドットは師であるシェルに連絡するべく部屋を出る。その後にマリルが続いた。

「それにしても、相変わらず彼はとんでもない事をやってくれるな」
「ええ、そうね。確かあの証拠もオーガストさんが持ってきてくださったのですわよね?」

 オーガストが持ってきた奴隷売買組織の内部資料などの証拠の事を、スクレはアンジュにだけは話していた。

「そうだ。我らでは掴めなかった証拠をあっさりとな」
「それに、これを持ってきたあの小人だけれど、オーガスト様って言っていたわね」
「あれもまた、我らにとっては到底及ばぬ化け物の類いだろうが、彼にとってはそうでもないという事か」
「凄いわよねー。本当、敵じゃなくてよかったわ」
「そうだな。まぁそうそう敵対するような事態にはならないさ」
「それはそうだけれども、世の中何が起こるか分からないわよ?」
「恐いことを言わないでくれ」
「ふふふ。それにしても、あの小人はどことなくシェル様に似ていたわね」
「ああ、若い頃のシェル様を小さくしたらあんな感じかもな」
「今でも見た目は十分過ぎる程に若いけれどもね」
「まぁそうだが・・・それよりも、そろそろ我らも動くとするか」
「ええ、そうね」

 アンジュが頷いたの確認すると、スクレは机の上に広げていた地図を丸めて手に持ち、アンジュ共に部屋を後にした。





 スクレとアンジュが手配した魔法使いと兵士を帝国中に散らばる魔物の巣の場所へ配置し終えたのは、オーガストからの情報提供があった翌日の事であった。

「しょうがないとはいえ、全体的に薄いですわね」

 魔法使いと兵士の配置場所を確認したペリドットは、心配そうに呟く。

「元々用意していた数と、直ぐに動ける者だけではかき集めても足りませんからね。せめてあと一日でも時間があれば十分量の人員が確保できたのですが」
「時間はかけられませんわ」
「分かっております。時間をかけては魔物の数と潜伏先が増えるばかりですから」

 スクレは目の前の建物に目を向ける。
 街外れに建つその建物は、一見すると少し古いだけの普通の民家の様に見えるが、窓から窺える室内は綺麗なもので、ちゃんと管理されているのが見て取れる。

「確か、この前は地下に隠し通路があったのでしたわよね?」
「はい。その先に魔物が(ひし)めいている空間がありました」

 報告によると、つい先日西門街の中で警備部隊が見つけたという地下道には魔物が二体潜伏していたという。
 その後、念の為にと西門から増援を呼んで地下道を隈なく調べたところ、更なる隠し通路が見つかった。魔法使いを中心に編制された調査隊がその隠し通路の先を調べた結果、大量の魔物が巣くう空間が見つかった。

「大半は最下級だったという報告でしたわね」

 そこに居た魔物は大半が最下級に分類されている、魔物の中では弱い部類の魔物。しかしいくら弱いといっても、その相手は魔法使いでしか務まらないぐらいには強く、また数も異常に多かった。
 結果として、魔法使いだけではなく兵士にも死傷者が多く出る事態となった。それでも何とか魔物を殲滅できたのは、狭い地下道のおかげだったとか。
 その後もその地下空間の調査が行われたものの、新たな魔物の姿や人間の姿は無く、判った事は他に二ヵ所別の場所に繋がっている道があった事だけであった。

「気を引き締めていかないといけませんわね」
「はい。ですが、出来るだけ素早く制圧しまして、他の場所への援護に向かわないといけません」
「分かっております。それに、オーガストさんが仰っていた通りにフラッグ・ドラボーが居を移しているとも限りません。その点に注意するのも忘れない様に」
「勿論です」

 ペリドットの言葉にスクレが頷く。

「では、突入します。兵士の皆さんは周囲の警戒をお願い致しますわ」

 魔物や魔法使いには魔法使いが対処し、一般の人間や場所の確保は兵士の仕事であった。
 それぞれが割り振られた行動に移る。
 まずは兵士が室内の安全と地下への入り口の発見を行い、ペリドットはスクレと他の魔法使いを率いて、先行した兵士が発見した地下通路へと入っていく。
 そこは真っ暗な空間であった。
 魔法光や暗視など各種暗闇対策の魔法を用いて探索を行う。
 前回西門街で見つかった地下空間では、隠し通路は巧妙な欺騙魔法が掛けられていたという。ペリドット達は細心の注意を払って、その隠し通路を探す。

「ここに何か魔法が掛けられている反応が在ります」

 通路の途中で、連れてきていた魔法使いの一人が通路の一点を指差しそう報告してくる。

「ここですか・・・確かに、何か魔法が掛けられていますわね」

 その魔法使いが指摘した場所を確認したペリドットは、周囲の壁との違和感に、そこに何かしらの魔法が掛けられている事を認める。

「解除します」

 そう言った魔法使いの一人がその掛けられている魔法を解除すると、そこには簡素な扉が姿を現す。
 その扉を調べて何も無い事を確認してから、扉を開けてその先へ踏み込む。

「魔物の気配が濃いですわね」

 扉の先に一歩踏み出すと、その淀んだような魔力にペリドットはその端正な顔を歪める。

「奥に大量に居るようです」

 スクレの眼では魔物が集まりすぎて視界が塗りつぶされている為に数までは分からないが、それでも大量に居るのだけは確かであった。

「各自作戦通りに行動するように」

 ペリドットの緊張した声に、全員が頷く。
 そして、その空間には直ぐに辿り着いた。

「うっ」

 魔物が犇めくその光景に、誰かが呻くように声を出す。

「それでは、攻撃を始めます。各自準備はよろしいですか?」

 全員が頷いたのを確認したペリドットは、早速攻撃に移る。それに続いて次々と広域を対象とした攻撃魔法が(きらめ)いていく。
 それらが放たれた後、間髪を入れずに数名の魔法使いが防御障壁を先頭の眼前に通路を塞ぐように張る。
 狭い空間での広域攻撃魔法に、爆風が逃げ道を求めて攻撃魔法の残滓を連れて各通路へと逃げていく。
 それはペリドット達へも襲い掛かってくるも、眼前に張った障壁がそれを完全に受け止める。

「これで減らせたのが三分の一ぐらいですか」

 魔物が密集している為に手前の魔物が壁になってしまい、奥の魔物まで有効な攻撃がほとんど届いていなかった。
 そんな先制攻撃に、魔物達がペリドット達の存在に気がつく。

「迎撃用意!」

 スクレの言葉に、全員が事前に与えられていたそれぞれの役割に集中する。

「ガウッ!!」

 直ぐに飛び込んできた魔物は、まだ張られたままだった防御障壁に阻まれる。
 魔物の初撃を防いだ後、防御障壁が解除された瞬間に大量の攻撃魔法が放たれた。主に穂先の様に縦に長く先端が鋭利な形状の魔法が魔物達を襲い、数を減らしていく。襲い掛かろうとした魔物もその攻撃の餌食となっていく。
 その攻撃が止むと、牽制の為に広域魔法が一発放たれ直ぐに防御障壁が張られた。

「流石にオーガストさんの様にはいきませんわね」
「ええ。彼は規格外すぎますから」

 少し息を切らしたペリドットの言葉に、スクレは苦笑気味に言葉を返す。
 オーガストという少年の場合、一人で点を(つど)わせ壁かと思うほどに稠密(ちゅうみつ)な攻撃を行うことが出来る。それも間断なく。いや、そもそも一撃で全ての魔物を押し潰せるほどの魔法が使える事だろう。数を集めてちまちまと魔物の数減らしているペリドット達の行動が滑稽に思えてくるほどに圧倒的に。それも一瞬で。
 それを間近で見て知っているだけに、ペリドットとスクレは複雑な表情を見せる。ペリドットは憧れの方が強かったが。

「攻撃用意!」

 ペリドット達が陣取っている通路がそこまで幅が広くはない為に守り易くて何とかなっているが、不意打ち以外では攻撃側も攻撃に制限が掛かっていた。

「まだ時間が掛かりそうですわね」
「はい」

 少しずつ削っていく戦法に、ペリドットは焦れるようにそう漏らす。
 魔物達は侵入者に襲い掛かってくるが、何故か別の通路から外に出ようとはしない。しかし、それもいつまで続くかは分からなかった。
 もし別の通路から出てしまうと、そこを守るは兵士と数名の魔法使いのみ。確実に市街に溢れ、被害は拡大する事だろう。

「数が居ましたら挟撃も出来ましたのに」

 守って攻めてと交互に行っている以上、最低限必要な人員の数というモノが存在した。そして、オーガストが伝えた魔物の住まう場所の数はあまりに多く、集められた人員の数では攻められる場所は一ヵ所からしか望めなかった。
 特に、頭目であるフラッグ・ドラボーが居る可能性が高い場所により多くの人員を割いた為に、他はその作戦でも戦力はギリギリの状態だった。
 歯噛みするペリドットだったが、無いものはしょうがない。今は目の前の相手を出来るだけ手早く処理する事だけを考えなければならない。それが終わりさえすれば、その分他の場所に人員を援軍として送れるのだから。





 流石は宮殿に詰めている魔法使いというべきか、それともその魔法使い達と比べてもなお異彩を放つペリドットとスクレを褒めるべきか、魔法の輝きが照らし続けるその部屋に居た魔物の数はかなり減っていた。それでも未だ殲滅には至らない。

「やはり数は脅威だな」

 質よりも量。それも圧倒的な数の差がある場合、生半可な強さでは覆すのは容易ではない。

(それが出来てしまうから彼は脅威なのだがね)

 今までオーガストと組んでいた事でどれだけ助けられていたのかを改めて認識したスクレは、同時にその力の強大さに心胆を寒からしめる。
 この世界には絶対に敵に回してはいけない相手という存在が少なからず居た。
 人間は常に弱者だ。強くなった今でもまだ森の民に少し劣っている。それでも、全力で戦えば森のどこかは落とせるとスクレは考えている。
 しかし、例えばドラゴンは敵に回してはいけない。あれは総力戦でも人間の勝てるような相手ではない。オーガストという少年は、人間でありながらそういう類いの存在であった。

「あと少しですが、皆さん気を緩め無いように!」

 ペリドットの声に、疲労の色が浮かんでいる魔法使い達はしっかりと頷く。実戦を経験しているだけに、油断の先に待っているものぐらいは理解していた。
 その声を出したペリドットが魔物の中へと放った目を焼くような聖系統の純白の光に、魔物は怯んだ様に攻勢を緩める。

「今です!」

 その瞬間を見逃さずに最後のひと押しを命じたペリドットの声に、魔法使い達は通路から部屋に入り、入り口付近に展開する。そして、残り少ない魔物へと圧倒的な質量の攻撃魔法が集中する。

「他に魔物の反応は!?」
「ありません!」
「罠や隠し通路は無いか!?」
「確認出来ません!」
「では、ここは制圧したとして外へ出る!」

 魔物を殲滅後、周囲の安全を確かめたペリドット達は、警戒しながら別の道を調べつつ地上を目指す。
 無事に地上に出ると、外で待機していた兵士や魔法使い達に現場の確保を命じた。その後、ペリドット達は次の作戦地点を目指す為に小休止を取りつつ、他の現場の状況を確認する事にする。
 機材が置かれた場所に移動したペリドットとスクレは、無線で各地点の状況の確認を行うと、現在地から車で十数分の地点の部隊が苦戦中という事が伝えられる。

「移動します」

 現場の確保と調査に割り振った魔法使い以外の全ての魔法使いを数台の車に乗せると、目的地に向けて車は発進した。





 ペリドット達が制圧した魔物の巣から東に少し移動した地点に位置する別の魔物の巣を制圧していたマリルとアンジュ達の部隊は、危なげなく巣くっていた魔物を殲滅していた。

「少々数が多かったですね」
「ええ。ですが、負傷者は居ません」
「それは良かったです」

 魔物を殲滅し終えたアンジュ達は、周囲を探りながら負傷者の確認を行う。それが終わると、地上を目指して歩き出す。

「周囲に敵性反応及び罠などの危険物の類いはありませんか?」
「地上部まで探知しましたが、魔物の存在や罠などは確認出来ません!」
「隠し通路は? 相手は欺騙魔法を得意としています、注意深く探ってください」
「はい!」

 アンジュの指示で密度の高い探索を行う一行がそのまま進んでいると。

「部隊長殿! そこの通路に何かが在ります!」
「危険性は?」
「幻影の類いなので無いと思われます!」
「・・・分かりました」

 アンジュは僅かに考え部隊を止めると、数人を連れて自分で確認を行う。

「壁・・・?」

 掛かっていた魔法を解除すると、そこには周囲と変わらない壁があった。しかし、わざわざ魔法を掛けてまで隠していたのだから何かあるはずと、アンジュは注意深くその辺りを観察する。

「そこの壁は周囲と少し違う気がします」
「ん?」

 一緒に連れてきた魔法使いの一人が指さした場所は、僅かではあるが切れ目のようなモノがあるように見えた。それはただの傷と言われれば納得してしまいそうなほどに小さなものであった。
 アンジュがその傷に触れてみると、少しだけ近くの壁が沈み込む。

「隠し保管庫?」

 その動いた壁を押し込んでみると、そこには小さな横穴があった。

「これは・・・鍵?」

 その横穴に置かれていたのは、古めかしい小さな鍵であった。

「何の鍵でしょうか?」

 他に何も無い事を確認したアンジュは、それを手に取り繁繁と観察する。

「鍵でしょうが、随分と古いもののようですね」
「ええ。小さいので小箱のようなモノの鍵だと思うのですが」

 どれだけ調べてみても古めかしい鍵だという以外には何も分からないその鍵ではあったが、一応証拠品として押収する事にする。

「これ以外には何も無いですね?」
「はい。どうやらその鍵だけのようです」

 他の魔法使いにも横穴の中を確認させると、アンジュは少し離れたところで待機させていた部隊に合流する。

「何かあったのですか?」

 合流したアンジュに、ルリが問い掛ける。

「ええ、小さな鍵が一つだけ」

 それに頷くと、アンジュは部隊を動かす。

「他にも何か見つけましたら報告をお願い致します!」

 そう告げるも、新たな発見はアンジュ達が地上に戻るまで何も無かったのだった。





 乾いた風が遠方から騒々しい音を連れてくる中、青っぽい藍色の髪を腰まで伸ばした子どもの様な背丈のその女性は、目の前の一軒家につまらなそうな目を向けていた。

「フラッグの奴は居ないな。つまらん、さっさと片して他を当たるとするか」

 その女性は特に警戒するでもなく、無遠慮に家の中へと入っていく。

「門番ならもっと優秀なのを配すべきだな」

 女性はまだ目に見えない相手を捉え、動かれる前に端から全て無力化していく。

「地下への入り口はここか」

 女性は足元の床を見下ろすと片足を持ち上げ、床を踏み鳴らすようにその足を下ろす。
 それで女性の体重の軽さを示すかのような軽い音が鳴るも、その下ろした足で床が壊れ地下への扉が姿を現す。女性は現れた頑丈そうなその金属製の扉さえもいとも容易く破壊する。

「優秀な弟子の頼みでなければこんなくだらない事はしないんだがな。ああ、早く戻って魔法の研究がしたいものだ」

 女性はぶつぶつと文句を言いながらも、気軽に地下道を進む。

「ふむ、相変わらず欺瞞魔法は得意なようだな」

 そう感想を漏らしながらも、女性はあっさりとそれを見破り隠し通路を見つけ、遮っていた扉をまるで初めから存在していなかったかの様に消失させると、そのまま散歩でもするかのような気楽さで先へと進む。
 程なくして女性は魔物が犇めく部屋に到着するも、歩く速度を緩める事なく魔物の群れに突入する。

「この程度ではな」

 女性は呆れるように呟くと、サクサクと魔物を倒していく。その早さは魔物が襲い掛かる暇さえ与えぬほど。
 大量に居た魔物達は、ものの数分で一掃された。

「やはり、ちまちま相手にしていると時間が掛かるな」

 それでも時間を無駄にしたとばかりに女性は鼻を鳴らすと、先へと進む。

「ん?」

 しかし女性は直ぐに足を止めると、部屋の隅に転がっていた鞘に納められた一振りの剣に目を向ける。

「ふーむ?」

 女性は己が身長より少し短いぐらいのその剣を軽々と手に取ると、それに眼を向けて首を傾げた。

「付加武器だな。これは切れ味向上に耐久力向上辺りか? 性能が中々にいいな。フラッグの武器だろうか?」

 女性はその剣を鞘から抜くと、まるで光に透かすようにそれを目の前に持ち上げる。

「いい武器だ。今の帝国にこれだけの付加魔法が扱える魔法使いがどれだけ居る事か・・・だからこそ、おしいものだ」

 惜しむ様な声音の女性ではあったが、その表情は剣を観察するのに夢中なようであった。

「あの弟子達ならこれ以上の性能が目指せるかもしれないな。何やら学園でいい師に巡り合えたようだし」

 女性は自分の弟子の中でも飛び抜けて優秀な少女達が、ジーニアス魔法学園から戻ってきた時の事を思い出していた。

「あの魔力運用の効率化は実に見事なものであった。同級生に習ったらしいが、どうにかその同級生が私にも教授してくれるように頼めないだろうか?」

 女性は少女達の話す同級生の話を思い出し、うっとりとするような表情を浮かべる。興奮のあまりに視点が定まっていないが。

「なにより、私よりも強いかもしれないと言っていったか。ああ、それが本当であるのならば、是非とも! 何としてでも会わねばならないな! 会って魔法の神髄を! 高みを私に刻み込んで欲しい!!!」

 狂った様な笑みを浮かべて呼吸を荒げると、剣をダンスの相手に、その場でくるくると踊りだす女性。暗闇で行われているその舞いは、狂人の行いそのもので、女性の闇の一端が窺える。

「くふふふ。楽しみだ! ああ、愉しみだ!! よもや生きている内に高みに出会えるかもしれないとは何たる僥倖か!!」

 女性は踊るのを止めて剣を鞘に納めると、それを片手に「くふふふ」 と怪しげな笑みを漏らしながら通路を進む。
 そのまま地上部まで出る頃には、女性の狂気は大分収まっていた。

「さ、次の地点に向かうとするか。フラッグがそこに居ればいいんだがな・・・」

 女性は地下で拾った剣を手にしながら、聞かされていた次の作戦地点へと向けて動き出した。





「・・・・・・」
「どうした? オーガスト」

 防壁上を北側へと歩いていたオーガストは、言い知れぬ悪寒を覚えて周囲を見回す。そんなオーガストに、一緒に見回りをしている兵士が不思議そうな顔を向ける。

「いえ、なんでもないです」

 そう言うオーガストに不審げな目を向けるも、兵士は直ぐに見回りに集中する。

(この感じは・・・)

 先程感じた悪寒に、オーガストは何処か朧気ながらも覚えがあった。それは、実姉であるジャニュから感じていたモノと酷似した感覚だったような気がした。

(・・・まさかね)

 それを気のせいだと自分に言い聞かせながら、オーガストは見回りを続けるのだった。





 次の作戦地点へと自動車で駆け付けたペリドットとスクレの部隊は、地下で戦闘中であった先任の部隊と合流を果たしていた。

「もう少しですが、油断せずに行きましょう!」

 苦戦していた先任の部隊ではあったが、ペリドット達の部隊が合流した事で一気に持ち直し、魔物を倒す速度を上げていく。
 既に残り一割程度になった魔物に向けて、間断なく魔法攻撃を仕掛ける。魔法使いの数が増えた事で攻勢に出続ける事が出来るようになっていた。
 程なくして魔物の掃討を終える。前回に比べると、魔物を殲滅させる速度が段違いであった。

「このまま合流と殲滅を繰り返します」

 地上へと戻る道中、ペリドットはこのまま全員で次の地点に向かうか、分散させて他と合流させるかを思案する。
 警戒しながらの進行ではあったが、何事も無く地上部に到着した。
 一先ず戦闘に参加した魔法使い全員に休息を取らせ、待機していた魔法使い達に後の調査は任せる。その間、ペリドットは作戦の進行状況を確認する。

「予定地点にはフラッグ・ドラボーは居ませんでしたか。ですが、シェル様がかなりの速度で拠点を落としているようですわね」

 報告にあるその速度は凄まじいものがあったが、おかげで北側の進捗状況はかなりいい。南側は少しずつではあるが、確実に進行している。

「北側の部隊の幾つかを南側にも向かわせましょう。私も向かいます」

 そこでペリドットは、自分も含めた幾つかの部隊を南側の援軍に向かわせることに決めた。

「私達はまずマリルとアンジュの部隊と合流しましょうか」

 二人の部隊が近くに居る事が分かったペリドットは、南側に向かう前にまずは二人と合流する事にした。

しおり