51 それぞれの働き
「ばっちりだ。全員で口裏を合わせているし、ニセアランは私の影を使っているから対処もできるさ」
〈マリアからの連絡は筒抜けってことだから、こちらとしては対処しやすいね〉
「まあどちらにしても急がないと国王が崩御したら全てが動き出す」
〈もう本当に危ないっていう状況になったら国境での作戦開始だ。威嚇だけだよね?〉
「もちろんそのつもりだよ。一兵たりとも失いたくない」
〈では、兵が国境に移動したら国民感情を煽るために、兄上とマリアの公開処刑を決行するというシナリオですね。その時に連行されるのはマリアとアランにしましょう。一緒に行動させた方が助けやすい〉
「なるほどね。じゃあ明日にでもアランを軍艦に送り込んでエヴァンを戻すってことだね?」
〈出航をあと一日だけ延ばせないかな〉
ジョアンが真剣な顔で言いました。
「ジョンに協力してもらおう。到着するはずの物資が国境で遅れてるってことにすれば良いんじゃない?」
「いいね、それでも一日が限度かな。あのバカ王子はじゃあ王宮に戻すって言い出しかねない」
〈ではその線で。その連絡はローゼリアが動けるかな?〉
「大丈夫です。船に乗るコックさん経由で連絡できます」
〈では明日中にエヴァンを取り戻そう〉
「ああ、それと今日の件なんだけど。地震に伴う崩落の危険性ってやつ。これは副所長から話してもらおう」
ずっと黙っていたベック副所長が頷いて口を開きました。
「最近発生している地震が前震なのか群発なのかは特定できませんが、少しの揺れでも崩れそうな建物は把握して宰相閣下に報告しました。取り急ぎその近隣住民は避難誘導するという事でしたが、やる気はあまり感じませんでしたね。残念ですが」
〈明日の朝早くにここを発てば昼過ぎには到着するから、私から発破をかけておきましょう。あいつはお尻を叩かないと動かないのよ、昔から。優秀なのにお尻が重いの〉
「ぜひお願いいたします。もし地震が発生しなくても、避難訓練だと考えれば住民に危機管理意識を持たせられますから。ところで殿下、地図の進捗はどうですか?」
〈今日エスメラルダから来た視覚情報でほぼ網羅できたよ。後はアレクの頑張りだけど、おそらく明日の午後には完成するだろう。もうノリノリで作業しているよ。できたらすぐに訴そちらに送るから〉
「でも描いたものを送ったら原本が無くなるだろう?複製を作る時間は取れるのかい?」
私が代わりに返事をしました。
「王配殿下、アレクは何度でも記憶したのと同じものを描くことができますから」
「凄いな…絶対に手放してはいけないね。戦力として悪用されたら大打撃だよ」
少しの間沈黙が流れました。
その通りなのです。
彼らの能力を悪用しようとすれば、途轍もないほどの兵力となるのですから。
〈警備を強化するって父上が言ってる〉
気休めのようにサミュエル殿下が言いました。
それを合図に今日の会合は終了です。
私とジョアンは朝一番でヤマーダさんのレストランに向かうことになりました。
この作戦が上手くいけばエヴァン様に会えると思うと、疲れているのに眠ることができませんでした。
朝食もそこそこに私はジョアンを連れて出掛けました。
エスメラルダは相当疲れているのでしょう、起きてきません。
彼女のことはアンナお姉さまにお任せして、今日は男性の騎士についてもらいました。
騎士といってもそれらしく見えないように、市民と同じ服装で剣だけ携行するスタイルです。
一般市民も出兵経験のある人が多いこの国では、普通に剣を持って歩いている人がいるので、悪目立ちはしないでしょう。
設定としては、騎士さんと私が恋人同士で、弟に海鮮料理を食べさせているという感じです。
騎士さんは奥様もお子様もおられますが、お役目として私をエスコートして下さいます。
実に手慣れた感じで、男性にエスコートされるなんてエヴァン様以外には知りませんから、かなりドキドキしてしまいました。
レストランに入ると、昨日と同じ個室に案内されました。
お茶とお菓子を持ってヤマーダさんが入ってきて、私たちはすぐに要件を伝えました。
「なるほど、一日遅らせるということですね?私の方から依頼者に連絡しておきましょう。不自然にならないようにしますから安心してください。それとジョンさんの兵はすでに揃っていますから、今日から徐々に入れ替わる手筈ですので。問題はそのアランという男ですね。樽に入れて運ぶにしても暴れられると厄介だ」
「確かにそうですね。でもおそらく彼は協力的だと思います。ただの勘ですが」
「ちょっと賭けですね…まあ最悪黙らせましょう」
ヤマーダさんが悪い顔でニヤッと笑いました。
「そう言えばマリア王女が用意する彼女の替え玉って把握できているのですか?」
「ええ、把握しています。その女が動く時が入れ替わるタイミングですから、それに合わせて我々も動きます。予想ですが次回の物資補給かと思っています」
「二週間後ですね。国王が二週間生きているかしら」
「大丈夫です。私たちの仲間が解毒薬を投与していますから、クズ皇太子が焦るほど長生きするはずですよ。後は直接手を下さないように見張るだけです」
「自ら親を殺すって事ですか?信じられない!」
「王族では珍しくないですよ。まあ守って見せますから安心してください」
少し早めの昼食を御馳走になってから、私たちはドレックが指定した文献を求めて王立図書館に向かいました。
これ以上必要な資料は無いようですので、あと二日程度で図書館通いも終わるはずです。
駒は着実に揃ってきました。