48 レジスタンスリーダー
翌朝、宿舎の食堂に全員が集まって市街地の被害状況を聞きました。
目に見える被害は老朽化した建物の壁面崩落だそうですが、怪我人がでているようで心配です。
副所長と調査員たちは、地質調査よりも建物の老朽化被害を優先し、危ない場所の特定と住民への避難勧告をすると言っていました。
他国の私たちがここまでやっているのに、王宮から派遣された騎士たちは見回るだけで、何の指示も対策もなく帰って行ったそうです。
クズですね。
エスメラルダには安全第一を言い聞かせて、私とジョアンは王宮図書館に向かいました。
今日の護衛はアンナお姉さまだけにしてもらい、他の騎士たちにはエスメラルダについてもらいます。
エスメラルダは大きなカバンに手帳とジュースとお菓子を詰めて、ニコニコと手を振って健気に出掛けて行きました。
図書館に行く前に街の雑貨屋で赤いネリネのコサージュを買いました。
ネリネの花は私の気持ちにぴったりで、なんだか泣きそうになりました。
昨日と同じ席に二人で座り、昨日と同じ本を広げます。
昨日と同じように私は本を眺め、ジョアンは隣で考え事を始めました。
アレクが眠そうだと言うので中断し、時計を見るとそろそろランチタイムでした。
そろそろ食堂に行こうかとジョアンに話しかけたとき、急に声を掛けられました。
「マリーじゃないか?そうだ!マリーだ!」
え?昼前の約束でしたっけ?
「えっと…ジョン?そうよジョンよね?ジョンだわ」
私も頑張って話を合わせます。
となりでジョアンが呆れた顔で私をみていましたが、彼に対する警戒は解いていません。
彼は王宮文官のユニフォームを着てニコニコ笑っています。
現役文官の方がレジスタンスリーダー?
「久しぶりだねマリー。卒業以来だね。どうしてここに居るの?今は何をしているの?彼は君のお子さんかな?」
たて続けに質問を投げてきます。
旧友との再会ってこんな感じなのでしょうか。
「ええっと…ここには地質調査で来ているの。今はシラー子爵家でガヴァネスをやっているわ。こちらが教え子のジョアン子爵令息よ。とても優秀で、地質研究所の後継者として同行していて、今はいろいろと調査結果の検証データを探しているって感じ?」
「結婚は?」
「…まだよ」
「婚約者も?」
「婚約は…最近ダメに…」
「ああ、ごめんね。辛いことを聞いてしまったね。俺も独身なんだよ。婚約者もいないから一緒にいても大丈夫だよね?もしも結婚していたり婚約者がいるなら拙いかなって思って聞いただけだ。他意はないから」
「そうなのね。こちらこそ気を遣わせてしまったわ。それで?ジョンはここで働いているの?」
「うん、文官として登城している。今からランチかい?良かったら一緒にどう?街に出るけどとてもおいしい店があるんだ」
ジョアンが私の顔を見て小さく頷くと同時に頭の中で声が響きます。
〈ジョアンの判断に従ってくれ〉
「いいわ。今日の調べ物は終わりにして街を案内してもらおうかな。それとも仕事で忙しい?」
「いや、問題ないよ。今日はもう終わりなんだ」
私たちは立ち上がりました。
ふと見ると司書長がチラチラとこちらを見ています。
それに気づいたジョンが耳元で任せてくれと言いました。
私は本を返却しながら様子を伺います。
「司書長、お久しぶりですね。庶務課のジョン・スタークです。お久しぶり過ぎて忘れちゃいました?」
「あ…ああ、すまんね。いや、覚えているよ。君は確かイーリス国に留学していたんだよね?」
「ええ、そうです。その時の学友に再会して驚いてしまって。大きな声を出してすみません」
「いや、それより彼女が学友?マリー・ヤング女史だよね?」
「ええ、彼女は本当に優秀でしたよ。僕たちのマドンナだったんです。特にノース語にも長けていたので、僕としては話しやすかったの人ですね」
「そうか、なるほど。では彼女たちとランチに行くかい?実は侍従長から王宮内では付き添うように言われているのだが」
「なるほど。一応他国の方ですから当然のことです。でも今日はもう終わるって言ってましたよ?久しぶりの再会なので、僕が街を案内しようかなって言っていたところです」
司書長はあからさまに安心した顔をしました。
「そうか、それは良いね。では今日はもう戻ってこないのだね?」
「ええ、そのつもりですが?」
「いや、それで構わないよ」
「そうですか、では失礼します」
「ああ、気を付けて行きなさい」
ジョンは笑顔を絶やすことなく私たちのところに戻ってきました。
私は精一杯の笑顔を貼り付けて、ジョアンの手をとりました。
図書館を出るとき司書長の方に会釈をすると、明るく手を振ってくれました。
彼も私たちの監視係として気を張っているのでしょうね。
ジョンについて王宮を出ると、彼は迷いもなく大通りをまっすぐに進んでいきました。
右手に海を見ながら買い物で賑わう通りを進みます。
遠くに軍艦らしきものが浮かんでいますが、あそこにエヴァン様が囚われているのでしょうか。
「ここだ。珍しいものを食べさせてあげるよ」
ジョアンが連れて来たのは初日に行ったレストランでした。
私たちが入るとすぐにウェイターがやってきて、個室に案内されます。
きっと常連客なのでしょうね。
個室に落ち着き、メニューを広げながらジョンは口を開きました。
「ここは絶対に安全だから。改めて自己紹介するね。私はレジスタンスグループのリブラ・ジョン・ノースだ。この国の第三王子だよ」
私は息を吞みました。
ジョアンも驚いた顔をしていますし、頭の中にもサミュエルの驚嘆の声が響きます。
私は立ち上がり、慌ててカーテシーで挨拶をしました。
〈彼には本名を名乗っても構わない。彼の目は澄んでいる。信頼しよう〉
ジョアンを見ると頷いています。
「大変失礼いたしました。ノース国第三王子殿下にご挨拶申し上げます。私はイーリス国のローゼリア・ワンドと申します。ワンド地質調査研究所の名ばかりの所長でございます。そしてこちらが、ジョアン・ドイル伯爵令息です。こちらに滞在させられているエヴァン・ドイル令息のご兄弟です」
私はほんの少しだけ皮肉を込めました。
「ああ、君がジョアン君か。エヴァン卿からは何度も話を聞いているよ。素晴らしい能力を持っているってね。そして貴女がエヴァン卿の婚約者のローゼリアだね。この度は本当に愚兄が申し訳ないことをした。心からお詫び申し上げる」
「ご丁寧なお言葉、痛み入ります。でも私はエヴァン様の元婚約者ですわ。ですから先ほど申し上げたことは本当です」
「偽装だろう?しかもエヴァン卿は絶対に認めないって言ってたよ。君を傷つける奴は全員地獄に落とすって息まいていたけど?」
「エヴァン様にお会いになったのですか?」
「ああ、彼が到着してから何度も会っている。彼は素晴らしい見識の持ち主だね。ただ、彼の安全を守るためにもそちらに本当のことを伝える事ができなかったんだ。ごめんね」
「ご無事なのですね?エヴァン様はご無事なのですね?」
私は泣きながら大きな声を出してしまいました。
第三王子殿下は立ち上がって私の肩に手を置いて言います。
「うん、大丈夫だよ。怪我もしていないから安心して?それに彼は私たちの行動に賛同してくれて協力してくれているんだ。そして君のことを心から愛している」
私は耐えきれずその場にしゃがみこんでしまいました。
ジョアンが駆け寄って抱きついてきます。