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皇后陛下は悲しいことを思い出したのでしょうか、少し涙ぐんでいます。
サミュエル殿下がそんな母君の手をギュッと握りました。
皇后陛下は意を決したように顔を上げて話し始めました。
「どうぞお茶を召し上がりながら聞いて頂戴。その可哀想なメイドの話をするわ」
その言葉を合図に侍女たちが動き始めました。
冷めた紅茶が入れ替えられ、私の皿に置かれていた潰れたプチケーキが、新しいものに替えられます。
それを見た殿下がニコッとしました。
ずっと何も言わなかった博士がゆっくりと口を開きました。
「陛下、大変申し訳ございませんが、そのお話を伺う前にお人払いを願いたく存じます。我が家門にもかかわる話ですので」
国王陛下がスッと手を上げると、近衛騎士一名を残して全員が下がっていきました。
「この者は絶対の信頼を置くことができる。そなたたちを信用していないわけではなく、もし何かがあった場合、そなたたちの無実を証明できる者として残す」
「承知いたしました。私から申し上げてもよろしいでしょうか?皇后陛下」
皇后陛下が真剣な顔で頷きました。
「まずはテレパスという能力についてですが、その昔は魔女の力と言われていました。ローゼリアは正しく理解していますが、市井ではいまだにそう信じている者が多いのも事実です」
皇后陛下が聞きました。
「言葉を使わずに会話ができるという力よね?本当のことなの?」
「本当です。私の研究所にいる子供たちも恐らく使っていると思います」
私もうすうすはそう思っていましたが、今まで一度もサミュエル殿下との会話のような経験はありません。
「あくまでも予想ですが、研究所の四人の子供たちは、それぞれ特殊な能力を持っています。その特殊な能力の付属的な力としてテレパス能力があるのだと思います。しかし、あくまでも付属的なものですので、同等の力を持った者同士でないと会話が成立しないのでしょう。しかしサミュエル殿下はこの能力が非常に高く、少しだけでもその資質がある者、例えばこのローゼリアのような人間にでも話しかけることができるのだと思います」
「サミュエルの能力?」
皇后陛下は少し怯えた表情です。
「はい、物凄く低い確率ですが、ある特定の能力だけが突出しているのです。殿下の場合、それがテレパスということです」
皇后陛下がサミュエル殿下をギュッと抱きしめられました。
国王陛下はそんな皇后陛下の背中に手を置いて優しく言いました。
「怯えることはない。本当なら国が保護してしかるべき凄い能力なのだ。しかしあの頃はそれを信じるものの方が少なかった。噓をついているとか騙そうとしているなど、疑われて酷い扱いをされていた。姉上と話ができたそのメイドも例外ではなかった」
「私が聞いた話では、お姉さまを騙して取り入ろうとした悪女として地下牢に入れられたとか…」
「ああ、真実を話すまで出さないと言って拷問紛いのことまでしたと聞く。自分の責任だと言って姉上は嘆いておられたよ。そして信頼できる者を使って地下牢から逃がしたんだ。私が姉上の命令で、部屋で騒ぎを起こして注意を引き付けたから良く覚えている」
「陛下も脱獄に手を貸されていらしたの?」
「ああ、姉上には頭が上がらなかったからね。部屋中のものをひっくり返して癇癪を起こしたように振る舞った。姉上が部屋から抜け出しても誰にも知られないように、大騒ぎして使用人達の注意を引き付けたんだよ。お陰でその後一週間も謹慎させられた」
「まあ!」
「でも私もあのメイドが不憫だったんだ。確か私と同じ位の歳だったと思うが、虐められていたのか酷く瘦せていてね。奇麗な顔には火傷の痕まであった。それに牢を抜け出すときに酷い怪我をしたらしい」
「そんな!」
博士が口を開いた。
「よく覚えておられますね。そのメイドが脱獄した後どうなったかご存じですか?」
「確か姉上の指示で実家に戻ったと聞いたが、それからは知らない。姉上も二度とかかわろうとはしなかった」
「そうですね。でも陛下の姉君はずっと気にかけてくれたそうですよ。火傷の薬や慰謝料を送って下さったそうです。お陰様で火傷の痕は化粧で誤魔化せる程度になっていましたし、脱獄の時に負った傷は深手でしたが、歩けなくなるほどのものではありませんでした」
「なぜそなたは知っている?」
「そのメイドは…私の母です」
サリバン博士の答えに全員が驚きの声をあげました。