喰らえっ! 皆に心配かけた分!
「……てめえチビ。覚悟は出来てんだろうなぁ? もう泣いて謝ったって遅えぞ」
「謝るかっ! そっちこそ二人に謝れっ!」
三人目の男は額に青筋を立ててこちらを睨みつけるが、こちらも負けてものかと睨み返す。二度もチビって言ったからさらにこっちもむかっ腹が立ったぞこの野郎!
「はっはっは! 言うじゃねえかオイ! 少しだけ気に入ったぜ」
何故かボンボーンがこちらを見て、先ほどの怒りが嘘のように爆笑している。
元はと言えばこの人が最初に詰め寄ってきたのだが、さっき横からセプトに手を出すのを止めてくれたしこの三人の中ではまだ好印象だ。比較的だけどな。
三番目の男は顔を真っ赤にして震えている。そして、
「このガキがあぁっ!」
大きく腕を振りかぶり、そのまま殴り掛かってきた。まともに当たったら痛そうだ。だけどな、こっちもこれまでヒドイ目に遭いまくってるんだ! 今さらこんなんでビビると思うなっ!
俺はそれに合わせて貯金箱を盾のように突き出し、拳は貯金箱に当たってガツンと鈍い音を立てる。
「がっ……このっ!」
「どおうりゃあぁっ!!」
男が痛みでひるんだ隙を突き、貯金箱でそのまま男を横薙ぎに殴りつけた。男は獣のような呻き声を上げて殴られた場所を押さえる。今の感触だと結構痛い筈だ。
「一発。確かに食らわせたぞ。これでこっちの気は済んだ。ここで互いに謝って終わりにしよう。あんただってそんな腕じゃ続けられないだろ?」
「ふざけるな! ちくしょうぶっ殺してやらぁっ!」
男は目を血走らせ、無事な方の腕で服の中からナイフを掴みだす。げっ!? そんな物騒な物を人に向けるなよ!
「くそっ! くそがっ! ふざけやがって。殺してやる……殺してやるぅっ!」
「トキヒサっ! 危ないっ!?」
「トッキーっ!?」
俺に向かって男がナイフを振りかざして突進してきた。急だったのと男の殺気に当てられて、一瞬だけど俺の動きが止まる。やっぱり怖いもんは怖いんだ。
セプトの影がズズッと音を立てて俺を守ろうとして伸び、シーメが割って入ろうと走り出す。俺もハッと我に返り、慌ててまた貯金箱で防ごうとした時、
「ガアアァっ……ぐわっ!?」
「……あれっ!?」
疾風のように何かが目の前を通り過ぎ、怒声を上げながら向かってきた男が急に倒れた。何かに躓いた? ……いや、よく見ると首筋に一筋の痕が出来ている。
まるで
俺の脳裏にこんなことが出来そうな一人の用心棒の姿が浮かび上がる。だが、
「さっきから騒がしいと思ったら、どうしてお前達がここに居る?」
「アシュさ……って今度はお前かよヒースっ!」
そこにカンテラを持って現れたのは、あの頼れる用心棒ではなく、今日ここに来る理由となった都市長の息子ヒースだった。
もう片方の手には鞘に納められた剣を持っていて、どうやらあれでぶっ叩いたみたいだ。
いやまあ探していた人なんだけど、このタイミングで来るなよな! 文句を言うべきかお礼を言うべきか困るじゃないか。
急にこの場に現れたヒースは、状況をチラリと見ると軽くため息をついてボンボーンに向き直った。
「さて、仲間がやられた訳だが、お前は敵討ちでもするのか? 僕としても聞きたいことは有るが、去るのならそこで倒れている奴らに聞くので追わないが」
「はんっ! 仲間なんて言えるほどの仲じゃねえよ。ただの金で雇われただけのごろつき同士。それに、どうせ気に入らねえからぶちのめしてやろうとしてたとこだ。その点は手間が省けて逆にありがてぇくらいだな。……だがよ」
ボンボーンはそこで言葉を区切ると、拳を握りしめてヒースに向けて構えを取る。その姿に逃げるなんて意思は少しも感じられない。
「
「僕をドレファス都市長の息子だと知って向かってくるならそれでもいい。武器があるなら出すがいいさ。そちらだけ素手では不公平だろう」
「その態度が上から目線だって言ってんだろうがっ! 舐めてんじゃあねぇ」
都市長の息子と呼ばれて一瞬顔をしかめたヒースだが、すぐに落ち着いた様子で剣を抜き払う。ボンボーンも声こそ怒っているが、無手で構えたまま油断なく軽くステップを踏んでいる。
「……行くぞ!」
「来いやあぁっ!」
そうして二人が今にもぶつかり合おうとする瞬間、
「いい加減にしろこのバカっ!」
俺が横から割って入ってヒースの頭にチョップを叩き込んだ。ヒースは頭を押さえて目を白黒させている。
「なっ!? 何をするんだ!?」
「うるさいってのっ! いきなり現れてこっちを無視してんじゃないの! そもそもお前を探してこんなとこまで来たんだからな!!」
「それはだな……大体お前達が絡まれているようだったから割って入ったのであって」
「言い訳無用だこの野郎! セプトっ! 一発コイツにかましてやれ。他の人達の分も含めてな」
「分かった。皆の分。まとめて」
俺の合図と共に、セプトの影が大きく盛り上がって幾つもの形に枝分かれする。剣のような影、ハンマーのような影、槍のような影など様々だ。
……何故かハリセンみたいな形の影もある。以前俺が何の気も無しに非殺傷武器として教えた奴だ! 他の武器に比べてなんか違和感があるな。
「あんまりやりすぎないでねセプトちゃん。流石にそれ全部当たったらヒース様でもケガするから」
「ケガで済むかあぁっ! ま、待て! 早まるな。話せば分か……うわあああっ!?」
シーメのどこか面白がった言葉を尻目に、夜空にヒースの叫び声が響き渡った。皆に心配かけた罰だ。甘んじて受けてもらおう。
……ちなみに余談だが、色々セプトが食らわせたが直撃したのはハリセンだけだったりする。アシュさんとの鍛錬はしっかり役に立っていたようだ。
「ちっ! なんか白けちまったな」
ボンボーンもどこかやる気が削がれた感じで拳を下ろす。尊い犠牲一人で平和的に済んで何よりだ。
「この度は誠に申し訳ありませんでした」
「私も、ごめんなさい」
「知らぬこととは言え私も色々言っちゃったからね。すみませんでした」
俺達は深々とボンボーンに対して頭を下げる。そもそも横から茶々を入れてきた二人が居なくても、こっちの件はまだ片付いていないのだ。
それとさっきぶっ倒れた男達は、ヒースが聞きたいことがあるというので暴れないよう縛って寝かせてある。
久々に以前エプリから教わった、紐無しで相手の着ている衣服等で拘束する方法が役に立ったな。
「他の二人の分も俺が引き受けますので、気が済むまで殴ってください。……出来ればそんなに痛くない感じだと助かります」
「奴隷の失敗を主人が被るなんて、ダメ。殴られるの、私」
「それはダメだってセプト。あのボンボーンさんの腕を見ろよ! あんなので殴られたらえらいことになるぞ」
美少女がみすみす殴られるのを見過ごしたと有っては目覚めが悪すぎる。それならこっちが殴られた方がまだマシだ!
「トッキーが引き受けてくれるっていうのなら、私は遠慮なくお願いしちゃおうかなぁ。ほらっ! 私ってか弱い女の子だし」
「なんかそう言われると引き受ける気持ちが揺らぐけどな!」
今にして思うけど、シーメって大葉と同じタイプな気がしてきた。どこかふざけるのを自然にやっているって感じで。
アーメやソーメとも性格は大分違うけど、姉妹だからと言って一纏めにしちゃいけないって事だな。
「もう良いっての! さっき俺は見逃すって言ったろ? そこの都市長の息子にはイラッて来たが、おめえ達が散々やってたのを見たらやる気が削がれちまった。俺の気が変わらない内にさっさと帰んな」
「ボンボーンさん……ありがとうございます」
顔に似合わずもっとも話が分かるのはこのボンボーンだったらしい。俺は再び深く頭を下げた。
「という訳だからほらっ! 早く屋敷に帰るぞヒース。なんでこんな時間までぶらついてたのか知らないけど、皆心配してたんだからな」
「そうですよヒース様。今お姉ちゃんやソーメにも連絡しました。じきに迎えが来ますからね」
俺とシーメはそうヒースに呼びかけた。後は皆で帰ればこの一件は落着だ。だというのに、
「……悪いがまだ帰るつもりは無い。探しものがあるのでな。それが済むまで待て。……あと毎回言っているが気安く呼ぶんじゃない。名前に様かさんを付けろ」
「なっ!? なんでだよヒース!? そもそもこんな夜更けに何を探すって言うんだ?」
名前云々は華麗にスルーする。だけど、ヒースが何かを探しているっていうのはエプリの推測通りだ。ここまで来たらそれを聞いておかなくては。
ヒースは何も言わずにボンボーンの所に歩いていき、何かを話しかけている。……って無視かよっ!
「へっ? 俺達が何であの建物に居たか? そんなの金貰って雇われたからだ。今夜いっぱい使いの奴が来るまで
「だろうな。まあおおよその見当は付いているが」
「こらっ! 無視するなヒース!」
ヒースはボンボーンと話し終えたが、俺が話しかけても返事もしない。……もしかして。
「ヒース……さん。一体どういうことか説明してくれないですか?」
「……良いだろう。先ほどの暴力はまあこちらにも非が有ったし、これで水に流そうじゃないか。これからもその態度と敬意を忘れなければ問題はない」
ヒースはふふんと軽く笑みを浮かべてそんな事を言った。ちくしょうコイツ! さっきチョップしたことを根に持ってたよ! 毎回ちゃんとさんって付けないとダメかね?
「ちなみにセプトも同じ扱いだったり? さっきのハリセンの恨みとか」
「まあさっきのはそれなりに痛かったが」
ヒースはハリセンではたかれた個所を軽くさする。他のに比べれば安全とは言え、凄まじい勢いではたかれたから赤くなっている。
「だからと言ってこんな子供に責を問うほど僕は狭量では無いのでね。その分主人だというお前にはきつく当たるが」
「自分から主人って名乗ったことはないけれど、それはどうもありがとよっ! ……それで結局何を探してるんだ? せめてそれくらい話してくれてもいいだろ? 皆を心配させた分ってことでさ」
「お前に話す義理があると」
「お願い。教えて?」
ばっさりとすげなく断ろうとしたヒースだが、セプトがまた無表情な瞳でお願いすると軽く後退る。以前のことや今日のこともあって、どうやら苦手意識が芽生えているのかもしれない。
「…………分かった。話すからじっと見つめないでくれ。……まず先に、お前達は僕の行動についてどこまで知っている? 偶然でこんな所まで来るという事はないだろう?」
ヒースはどこか諦めたようにそう言うと、目つきを鋭くしてこちらを見た。明らかにこちらを警戒している。そんなに警戒しなくても良いんだけどな。
「はっきりとヒースがここに来るって分かってたわけじゃないよ。足取りを追っては来たけど、ここに来たのは半分くらいは偶然だ」
俺はヒースにこれまでの経緯を説明した。ヒースはふむふむと頷きながら話を聞き、話し終わるとどこか呆れたような驚いたような顔をする。
「多少当てずっぽうだが、よくここまで僕の行動が予測できたものだ。……あのエプリという女性は何者だ? 以前少し食事の際に彼女の所作を見たが、あれはかなりしっかりとしたマナーを学んでいないと出来ない所作だった。今回の件も踏まえると、そこらの庶民ではなく高い教養を持った者だ」
「そこは俺だって知りたいね。……っと、今はそのことはいいんだよ。大体そんなことがあって、俺達はここまでヒースを探しに来たって訳だ」
「……なるほど。では細かい理由などはまるで知らないのだな?」
「だからそれを聞かせてくれって言ってるの!」
ヒースの言葉に少しだけこちらも声を荒げる。ボンボーンじゃないけど確かにイラっとするな。するとヒースは俯いて少し考えていたが、意を決したように顔を上げた。
「……ふむ。ではこちらも簡単に説明しよう。先に結論だけ言うならば……僕はその建物の中に用がある。まだ確認していないのでおそらくという話だがな」
ヒースはボンボーン達が居た建物を指差した。あの中に一体何があるっていうのだろうか?