3-10
それは不思議な光景だった。
宝石の道のように、また岩壁か、場所柄氷の壁だったかもしれないが、とにかくそういうものが地続きになって、閉塞的な空間になっているのかと思いきや。
「雪原だ」
「はい、雪っぱらです」
「空がある」
「はい、青いですね」
「なんとなく空気が美味しい」
「はい、寒いですけど」
広い、とにかくだだっ広い雪原がそこには広がっていた。
私と結衣ちゃんは、一問一答形式で会話をしている。
そうするしかないくらい、それは不思議な光景だった。
そんな私たちを、先導者四人は微笑まし気に眺めている。
そのことを少し気恥ずかしく思い始めた頃、瀬名さんが口を開く。
「なつかしいわねぇ。ここに初めて来たときぃ、ネアとユーも同じことしてなかったぁ?」
「ああ、僕も覚えてるよ。ほとんどまったく同じこと言ってたよね」
「やめてくれ」
「あー、思い出させんなって!」
照れたように頬を掻くネアと、顔を覆い空を見上げる格好をとる大久保雄大。
そのことから、この四人が仲のいいことが窺える。
「みなさん、同じパーティーだったんですか?」
「ネアとユーが同じパーティーメンバーだったのよぉ。わたしたちは必要な時に入れてもらってただけぇ」
「それでも、同じパーティーメンバーですって言ってもいいくらいの回数は、一緒に組んだんじゃないかな?」
瀬名さんと由人さんは懐かしそうに結衣ちゃんの質問に答えている。
未だに羞恥に身悶えているふたりを私は見遣る。
あ、ネアの顔が分かりやすく赤い。
結衣ちゃんたちの方はと言えば、質問から花を咲かせ、まったく関係のない過去の話まで、思い出語りをしているようだった。
「それでねぇ、ネアたちと初めて顔合わせをした時ぃ、ネアってばぁ、自分のことをネアって呼んでくれってぇ」
「本名は知らなかったんですか?!」
「そうなのよぉ。別に開示する義務もないからぁ、そのままなんだけどぉ」
「雄大もそれに倣ってユーって呼んでくれって言ってたな。あの時から二人って仲良かったよね」
「そうねぇ」
「なんでネアなんですかね?」
「なんでも、彼のニックネームだからって話だけど、日本人の顔でカタカナ名だと、それは当たり前だよって話なんだよね」
ふたりも、ネアの本名は知らないのか。
意外な事実に驚くと同時、瀬名さんが、思い出したように両手を合わせる。
「そういえばぁ、お酒の席でぇ、こんなことを言っていたの思い出したわぁ」
「え、それ僕に内緒で飲みに行った酒の席?」
「しょうがないでしょぉ。由人ってばお酒のにおいだけで倒れちゃうんだものぉ」
「それで、何を言ってたんですかっ?」
結衣ちゃんが急かすと、瀬名さんは怪しげな笑みを浮かべ、人差し指を唇に立てる。
色っぽい、大人のオンナの笑みだった。
「……初恋の女の子に付けてもらったニックネームなんだってぇ」
「キャーッ! ネアさんって、意外と純情なんですねぇっ!」
意外な所からの甘い話に、きゃあきゃあはしゃぐふたり。
なぜか、胸が少し痛かった。
「おい、もういいだろっ! さっさと行くぞ、時間無くなる」
ようやく羞恥タイムから回復したのか、大久保雄大が彼女たちの間に割り込む。
ぶーぶー文句を言う彼女たちも、よっこらせと腰を上げているところを見るに、本気で文句を言っていたわけではなかったらしい。
「で、ネア。凍結イチゴの群生地は、今日はどの辺かな?」
「今日は?」
そんな、毎日移動している動物型でもあるまいに。
由人さんの冗談にも聞こえるその言葉の意味を、ネアが説明してくれる。
「凍結イチゴは」
「凍結イチゴは?」
ネアが一息置いたから聞き返してみれば、彼はそのままの真面目な表情で言い切る。
「たまに移動する」
「たまに移動する……」
移動するイチゴ。
想像が付かない。
不可思議な感覚に微妙な表情を浮かべていたのか、おかしそうに含み笑いをしながら、由人さんがさらに補足してくれる。
「ここって地面は雪だろう?」
「そうですね」
「だから、たまに雪崩なんかで地形変化が起こるんだ」
「雪崩?」
「そう。平原なのにおかしな話ではあるんだけど、雪崩と呼んで差支えの無い、雪が大移動する現象が極稀に起こっているんだよ」
どういう法則があるのかもわからないけど、と由人さんは付け足す。
「だから、その雪の大移動が起こった後だと、凍結イチゴの群生地も移動していることがあるんだ」
そんな時に、
そう言った由人さんの視線の先。
ネアが目を閉じながら、だだっ広い雪原を見渡していた。