2-14
しばらくの抱擁の後、姉は私たちを離す。
「……さて! たしか、飲みやすいポーションだったわね?」
空気を変えるかの如く、普段より殊更に明るい声の姉に同調し、何度か頷く。
「そう、そう!」
「そうね、まず、ポーションって決まった作り方があるのだけど、そこから逸脱した作り方になるだろうから、試行錯誤の時間が必要だわ」
そう言いながら、姉は家にストックしてある瓶を三つ持ってくる。
「これがいっつもわたしが作って納品している、低級回復ポーション。それでこっちが、下級回復ポーション。これは中級回復ポーションね。上級は、材料が高いから手を出せないのよ。たまに材料持ち込みでやっているくらい」
そう言いながら姉は、シロップ試飲用の小さな紙コップにそれぞれ注いでいく。
すべてふたつずつ。
「飲み比べて、味をみてほしいわ」
私は言われるがまま、まず低級に手を付ける。
これは刃物で刺されたレベルの傷や、風邪くらいならばたちまちに治ってしまう代物。
ダンジョンが出現する前ならば、これだけでノーベル賞がもらえるだろうと愚考する。
「にっっっ……!」
「まっずっっ!」
ただひたすらに苦かった。
味や風味を感じる間もなく、苦いだけで脳内を埋め尽くされる。
幸いだったのは、脳が危険信号を発して吐き戻すレベルではなかったということだろう。
ブラックコーヒー濃いめで物足りない人なら、余裕で飲み干せる。
「はい、お水」
姉に差し出された水で口の中をゆすぐ。
水道に吐いて流してもまだ、イガイガした苦みが口の中に残っている。
「大丈夫? 次行けそう?」
「大、丈夫……」
「問題、ない、っす……」
うえー、なんて言いながら舌を出して空気に触れさせる。
まだ少し残っている。
私は上書きを期待して、勢いよく下級のポーションを飲み干した。
「……うっ。……ちょっとマシ」
「ね……。さっきよりマシ……」
下級はさっきの濃いコーヒーさらに濃いめの苦みが、濃いコーヒーレベルまで抑えられていた。
ただし、苦みの種類はせんぶり茶とか青汁とか、その方面の青臭い苦みではあったが。
「下級は例えばインフルエンザとか、そういう流行風邪も治るって言うわね。ケガの度合いで言えば、骨折くらいなら治るわ」
「ランクが上がっていくと飲みやすくなるってことなのかな」
姉は、そうかもしれないわね。なんて言って笑う。
「はい、次が最後よ。飲んでみて」
先ほどまでの法則を当てはめれば、中級はうんと苦みの薄くなった青汁だろうか。
私は陽夏と顔を見合わせ、覚悟を決めて一気に飲み干した。
「……?」
「あれ? ウチ、味覚バカんなった?」
中級回復ポーションは、何の味もしない。
薬草の青臭さも、無色透明な水が内包している風味も、そういうものが一切感じられない。
「ううん、それが正常よ。中級回復ポーションは、まさに無味無臭。液体が通る感覚はあるのに、何の味もしなければにおいもしないから、それが違和感に感じてむしろ飲みにくいって人が多いようね」
「たしかに、一回だけならともかく何回も飲むってなると……」
「ちっとばかり気が滅入るよな」
上級回復ポーションの味は分からずじまいだが、結論としては。
「回復ポーションは、飲みにくい」
「全部違うベクトルでの飲みにくさだけどなー」
「ちなみに中級ポーションは、部位欠損をしても、腐っていない自分自身のパーツなら、一日以内であれば元通りにくっつけることが可能よ。病気も、癌なら治るって言われているの」
「最早治らない病気がない」
その代わり、中級ポーションになると途端に値段が跳ね上がると聞いている。
少なくとも、一般的な高校生がもらうお小遣いくらいじゃ賄えない額ではある。
「ダンジョンには低級回復ポーションと下級回復ポーションを買って行くのが現実的かな」
「だとしたら余計に、味問題を何とかしたいんだけど」
陽夏は懇願するような目を姉に向ける。
その視線を受けた姉は、腕捲りをした。
「可愛いふたりのためです。おねえちゃん、ちょっとがんばっちゃうわ」