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「うまぁ」

 私は姉おすすめの通常分量。疲れ切っている陽夏は、それよりも濃いめのスペシャル分量で作られたオレンジシロップの炭酸に舌鼓を打つ。
しゅわしゅわ弾ける炭酸に、オレンジの酸味が加わって、さっぱりとした甘み。美味しい。

「栄養ドリンク並みとは言われっけどさ。でもカナタさんのシロップって、めちゃくちゃ効果高いよな」
「そうなの! おねえちゃんの作るシロップは、他の店売りの調合師が作ったシロップよりもよく効くの!」
「はいはい。それ、今までに何回も聞いてっから」
「うふふ。ちょっと照れちゃうわね」

 炭酸をすっかり飲み切り、さっきよりも元気になったように見える陽夏は、ぐるぐる肩を回している。

「肩こり解消も入れた方がいいんじゃね?」
「そこまで大口は叩けないわ」
「いやいや、マジで効くっすよ、これ」

 美味しくって気になるところに効くなんてサイコー。
陽夏は空のグラスをテーブルの上に置く。
グラスが掻いた汗が滴り、テーブルを濡らした。

「ふたりとも、今日はどういう買い物をしたの?」

 それよりも。と姉は机に頬杖を突き、私たちの買い物のことを聞きたがった。
姉はよく、外に出かけたときのことを聞きたがる。

「今日はね、ジョブが判明したからそれに合う装備とかを買ってきたの」

 私たちは、今日のことを順繰りに話していく。
探索者証明書の無い私たちは、お買い物に買い物パスが必要だったこと。
陽夏が染まる杖を買ったこと。
私がダガーを買った話や、アドバイスをもらえた話。
河野さんや秋さんの話も、陽夏のローブがとても似合っている話を全て。

「そうなの。柚子先輩ってば、夢をちゃんと叶えたのね」
「おねえちゃん、河野さんに私の話ばっかりしてたんだって?」
「他にもお話してたわよ」

 拗ねたように頬を膨らませる姉に、まったくもう。なんて言って笑う。

「そうなの、恵美は盗賊(シーフ)になったのね」
「うん。陽夏は魔法使い! 水属性だって」
「そう……。うん、恵美、陽夏ちゃんも。ふたりはダンジョンに入るの?」

 姉の視線。
どこか不安気な視線だった。
私は姉の顔をじっと見据え、はっきりと頷く。

「入るよ」
「ウチも」
「そう、なのね」

 姉は視線を落とす。
そこには綺麗に切り取られてしまった、姉の両脚がある。

「……おねえちゃん、大丈夫だよ。私たち、まだ高校生だからさ、先輩探索者の指導がないと入っちゃいけないことになっているから」
「そーそー。それに、入ってもいい階層の制限もあるんだっけ?」
「うん、そんなこと言ってた。多分、実力不足な所まで入っていいとは言われないと思うの」

 姉の不安も分からないでもない。
姉の両脚は、彼女がダンジョンに入った際、魔物に奪われたのだから。

「ふたりとも。ダンジョンは本当に怖いところよ。本当よ」
「うん、おねえちゃんからよく聞いてる」
「わたしは、ふたりがダンジョンに入ること、本当は反対したいの」
「うん。そうだろうなって思ってた」
「だけど、恵美はやりたいのよね?」
「うん。私、少しでも多くの素材を取ってお金に換えて、生活の基盤を整えたい。ポーションだって、もう私たちの生活になくてはならないものになっているんだから」

 姉はとても、とても渋い顔をしながらも、絞り出すような声を紡ぐ。

「……分かったわ。だけど、ちゃんとわたしと約束をして。しないと、恵美。あなたをダンジョンに行かせられないわ」
「……うん。どんな約束?」
「まずね、無茶な探索をしないでほしいの。体力や精神に余裕がある、もっと行けそう。その状態で帰ってきてほしいの」
「どうして?」
「余裕があれば、帰り道に不測の事態に陥ったとしても、ちゃんと判断して安全な道を考えられるからよ。その状態で帰ってくるために素材を捨てなくてはならないのなら、迷わずに捨てて帰ってきて」
「……分かったよ」

 一つ目の約束を私が了承すると、姉はほっとしたように肩を下ろす。
姉は、それとね、と言葉を続ける。

「もう一つ約束してほしいの」
「うん」
「絶対に、何があっても生きて帰ってきて」

 切実な願い。
胸の前で両手を組んで、祈るように懇願する姉に、私は力強く頷く。

「もちろん」

 頷いた私に、まだ不安が残る顔で姉は笑った。

「……まあさ、まだ日はあるっしょ」
「うん。試験に合格しないと、そもそもダンジョンに入れないからね」
「そうね、まずはそれに合格することね」

 真剣な空気を入れ替えるように、陽夏の暢気な声が飛ぶ。
それもそうかと笑い合う。

「あ、おねーちゃん! 探索者試験の問題集とか、ある?」
「ないわよー」
「えー」
「わたし、試験受けてないもの」
「それもそっか」

 穏やかな午後の空気に、オレンジ色のシロップが輝いた。

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