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「おっまたせー……って、メグー、なにそんなに落ち込んでんのさ」
「陽夏ぅ……」
私は現段階では職業を超えて品物を買うことができないことを嘆いているのだと、正直に話す。
「おねえちゃんの誕生日、近いのに……」
「あー、調合師用の道具が欲しかったんね」
「別に、高いもの買うんじゃないのに……」
どのジョブになってもある程度の装備が整えられるように、一年前からコツコツお小遣いを貯めていたため、私の分と合わせても予算は足りるだろうと思っている。
それなのに、姉のプレゼントのついでに装備を買おうと画策していたのに。
「出鼻挫かれたぁ」
「どんまい」
肩に陽夏の手がポンと置かれた。
うあー、と唸る私に、陽夏は馬を宥める掛け声をかけてくる。
「どーどー。まあ、ここだったらいつでも買い物来れるしさ。探索者資格取ったらまた来ようぜぃ」
「うん、そうする……」
なんとか落ち込んだ気分を再浮上させようと頑張る。
気を紛らわすために、協会の入口に置かれていた、館内マップを手に取った。
「うん、今日は自分の分だけしっかり見て買って帰る」
「その意気その意気。っし、どっから周る?」
「盗賊の用品と魔法使いの用品、階が違うんだよねぇ」
「じゃあ、こっから近い方から周ろか。こっからだと魔法使い用品が二階下にあるね」
「じゃあ、魔法使いの方から行こ」
「おけー」
軽い調子の陽夏に合わせ、エレベーターを待つ。
二台あるうちのエレベーターのひとつは今、屋上に向かって上っていった。
「屋上って何があったっけ」
「んあー、知らん。イベント会場とかじゃね?」
話していると、屋上に向かったエレベーターよりも先に、もう一台のエレベーターが到着する。
軽快な音を立てて扉が開くと、中にいた人たちが我先にと流れ込んできた。
「今の人たち、団体さんかな」
「いや、単純に乗り合わせただけっしょ」
「着けている装備がお揃いだった」
お揃い装備の団体を目で追っていると、エレベーターの扉が閉まりかけていた。
「メグ、早くー!」
「乗る! 待ってぇ!」
慌てて乗り込むエレベーター。
乗員は陽夏と私のふたりだけ。
「メグぼーっとしすぎ」
「ごめん」
「いいよ」
目的の階層を押した陽夏が、冗談めかした風に文句を言う。
謝れば、これまた軽い調子で許しの言葉が返ってきた。
二階下に向かうだけなら、さほど時間もかからずに到着できる。
それを示すように、会話をする余地もなくエレベーターの扉が開く。
「おおっ、なんか魔法使いっぽい店がいっぱい!」
「え、もしかしてこれ、ワンフロア全部魔法使い関連?!」
「かもしれん! え、待って、なんかワクワクしてきたんだけどー!」
はしゃぎながら陽夏はフロアに躍り出る。
集まっている店は、黒や紫の色を主軸にした内装が主立っている。
中にはダークブラウンの木を装飾に利用している店もあり、一見ありそうで見たこともないディスプレイの数々に、魔法使いではない私も興奮する。
「え、メグ、とりあえず片っ端から見てってよき?」
「もちろん!」
やや小走りに駆けていく陽夏を後ろを着いて歩く。
このワンフロアにある店を外からパパっと見ていく陽夏。
ウィンドウ越しのショッピング。これが本当のウィンドウショッピング。
「メグー! ここ入ろーぜぃ」
「ちょっと待ってて」
多少のタイムラグの後、陽夏が待つ店の中に入っていく。
他の店と比較しても、だいぶ薄い紫色が壁紙になっている。ただ、アクセントカラーがオレンジ色。ハロウィンカラーだ、これ。
「杖とか売ってるぽい。魔法使い用武器の専門店?」
「ね、ねえ、なんかあそこに置いてある本、鎖で巻かれてるんだけど……」
「ほんとだ。一冊だけ?」
「鎖で巻かれてるのは一冊だけみたい」
「なんて言うの? 異様っつっていいんかな?」
「そう、正にそんな感じ」
そんなことをこそこそ話していると、店の奥から、ぬっ、と、誰かがやって来た。
「いらっしゃいませ。お探しのものはございましたか」
白髪交じりの黒い髪。ワックスか何かでオールバックに塗り固めたその髪を持つ、執事服の男性。
販売店員にしては癖の強いその恰好を見て、一瞬思ってしまった疑問を、陽夏が代わりに口に出す。
「おにーさん、それコスプレ?」
「陽夏っ」
「いえ、これは制服ですね」
「制服」
「ここって執事喫茶かなんか?」
「ここは魔法使いの方たちが使う武器の販売店になります」
陽夏の突然の言葉にも、嫌な顔をすることなく対応するこの男性。プロだ。
「武器と言っても、魔法使いの方々は名前の通り魔法を使いますので、魔力伝導率……魔力が伝わりやすい素材を使って製作しているものが多いです」
「なんだっけ、呪文唱えてそれが攻撃として伝わるまでの時間が早くなるんだっけ?」
「そうです。よく勉強していますね」
「ウチ、授業で習ったし」
褒められて誇らしげな陽夏が胸を張る。
彼はそんな陽夏を微笑ましく見ながら、ひとつ、注意です。と指を一本立てる。
「ただし、魔力伝導率が高い素材は総じて脆いです。殴打などに使った場合、その一撃で壊れるものと思ってください」
「りょ。ウチ、それは知らんかったわ」
へー。と感心したように店内を回っていく陽夏。
壁に掛かった頑丈そうな太めの杖を見て、「これも脆いんか」なんて呟いている。
私はそんな陽夏を横目に、店員さんにこっそりと内緒話をしに行った。