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「こーんにちはー」
姉の電話が終わると同時、見計らったように裏口の扉がノックされる。
「陽夏来た。はーい、待っててー」
小走りで裏口を開くと、やっぱり陽夏が立っている。
よ、なんて、軽く手を挙げる陽夏に、私も返す。
「よ。今、ポーション作っているから」
「やっぱり? すごい独特なにおいするもん」
「きらい?」
「においは好き。おばあちゃん家みたい」
軽口を叩きながら家に上がる陽夏は、台所で微笑んでいる姉に、「お邪魔します」と声をかける。
「いらっしゃい、陽夏ちゃん。おやつあるからね」
「よっしゃ。カナタさんのお菓子、ウチ、好きなんだ」
「あら、嬉しい。ゆっくりしていってね」
本当にうれしそうに笑う姉。そんな姉に、照れたように頬を掻きながら、陽夏は迷いなく私の部屋の扉を開ける。
その行動に首を傾げる。何か忘れているような……。
「あーっ、待って! 制服脱ぎっぱ!」
「うわぁ」
「うわぁって何?!」
「うそうそ。いつものことじゃん」
コロコロ笑いながら、陽夏は部屋の隅に鞄を置いて台所へやって来る。
姉は鍋とは別に、やかんに水を入れて沸かしていた。
「今回のノルマはどんな感じ?」
「今日で達成なのよ。明日集荷してもらうの」
やかんから、ぴーって音がする。
姉と陽夏が話している間、私は冷蔵庫からおやつ、とメモが貼られているケーキ型を取り出した。
細長いケーキ型は、いわゆるパウンドケーキ型。
ラップから見え隠れする中身は、スポンジケーキのようなものが被せられている。
「カナタさんのような調合師も、それだけで生計立てようとすると大変だって聞いたけど」
「そんな話も聞くわね。でも、そんなに大変だって思ったことは無いわよ。毎月二百本、低級回復ポーションを国に納めれば、最低賃金分の月給は保証してくれるもの」
「回復ポーションの中では最低ランクの低級回復ポーションとはいえ、二百本も作るの大変じゃん? 材料費もかかってんでしょ?」
「そうねぇ。治癒薬草が低級の回復ポーション二百本分で、今は三万円くらいだったかしら」
「副業しないと生活苦しいじゃん」
まな板の上にケーキ型をひっくり返すと、抵抗もなくするんと落ちる中身。
オレンジ色のゼリーの層と、オレンジがかった乳白色の層が重なって、上部にオレンジの輪切りが飾られている。
「おねえちゃん、これ、ムースのケーキ?」
「当たりよ。オレンジのゼリーとムースを重ねて、チョコレートのスポンジケーキを敷いてみたの」
「見た目涼しー。夏に食べるのにぴったりじゃん。天才かよカナタさん」
五つに切り、皿に取り分ける。
姉はやかんの火を止めた。
「お湯、沸かしたけど飲み物どうする? アイスティーもあるわよ」
「ウチ、アイスティー!」
「コーヒーにする。あったかいやつ。おねえちゃんは?」
「わたしも温かい飲み物がいいわ。マグカップお願い」
棚からマグカップをふたつ。それとグラスを三つ取り出して机に置く。
冷蔵庫に入れていたアイスティーの入った瓶と、紅茶の茶葉を机に持って行くと、インスタントのコーヒースティックが用意されていた。ブラックの。
「陽夏、氷いる?」
「いらなーい。注いどくよ」
「ありがと」
陽夏が三つのグラスにアイスティーを注いでいる間、茶葉を入れたポットにお湯を注ぎ、残りをインスタントコーヒーに使う。
紅茶の香り高さが、安物のコーヒーの匂いに掻き消されている。なんだか少し、面白い。
「先に置いてくる」
「お願いね」
「ウチも手伝う」
プライベートスペースの、リビングとも呼べる広めの空間。
ログハウスに似合わない黒塗りの仏壇がひとつ置いてある。
そこには、笑顔を浮かべる二人の男女の写真。
「お父さん、お母さん。今日のおやつはおねえちゃん特製の、オレンジムースケーキだって」
ケーキの乗ったお皿とアイスティーを供え、手を合わせる。
目を数秒閉じてから再び開けると、隣では陽夏が同じように手を合わせていた。
「三年、だっけ」
「そう、三年」
私の父と母は、三年前に亡くなった。
ダンジョンが現れて、数日後のことだった。
「まさかダンジョンから、はぐれた魔物が外に出てきてるなんて、誰も思ってなかったよ」
「そうだね。私も、どっか遠いところの話だと思ってた。」
ダンジョンが現れた。
そんな速報を、遠い世界で行われている戦争と同じような感覚で知った日。
どこか浮足立つ世界を普段通りに過ごしていた私に届いたのは、両親の訃報だった。
ダンジョンにいた生物、便宜上、魔物と呼ばれているものが地上に現れ、両親を食い殺した。
その魔物はすぐさま討伐され、同じようなことが起こらないように対策が強化されたが、両親は戻ってはこなかった。
「世界変わりすぎて、怒涛の三年だったんじゃね」
「そうだね。今じゃもう、魔物が外をうろついているなんて話は聞かないし」
「調査隊が派遣されてー、民間からも有志の調査隊が作られてー。そっからあっという間だったよね」
「ねー。
「そのジョブの確認、ウチら明日やるじゃん」
「そうだった」
なんて話していれば、台所から焦れたように、「飲み物冷めちゃうよぉ」と、姉の声がかかる。
「はぁい、今戻るよ」
「カナタさんのケーキ、美味しい内に食べんとね」
「ね」
そんなことを話し合い、台所で待つ姉のもとへと戻る。楽しく、笑いながら。